祝って逃げて、また祝ってまた負ける文化祭
腐令嬢、愛おしむ
後日、紅薔薇支部の部室にメンバー全員が集まったところで、アンドリアから報告があった。
ファルセに告白されたこと、気持ちを伝えられてやっと自分も彼が好きだとわかったこと、そして彼とお付き合いを始めたこと――照れながらも笑顔で、初めて自分の恋愛話をするアンドリアは、とても幸せそうで今まで以上に綺麗に見えた。いやー、本当におめでたい!
皆がお祝いムードに湧く中、しかしディアヴィティだけはちょっとだけ刺々しい空気を放っていた。ファルセに先を越されたのが悔しかったんだろう。
だったら自分も熱っぽい眼差しで見つめてるお相手に結婚しよ! って言えばいいのにね。
家柄の問題があるため、彼の恋が簡単にはいかないことはわかる。でもだからこそ、早めに行動して準備しておくべきだと思うんだよなぁ。
あとでこっそりそうアドバイスすると、ディアヴィティは眼鏡をクイッとやりながら不敵に笑った。
「大丈夫だ、問題ない。既に策は練ってある。見ていろ、あいつを逃げられないようにしてやるぞ」
眼鏡の奥で輝く紫の瞳は、恋心に燃える男子というより獲物を得た肉食獣みたいだった。
そうだった……ディアって好感度が極まると、ヤンデレ系の本性をあらわにしてくるんだっけ。
おいおい、トカナを肉食獣みたいに本当に食べる気じゃないだろうな? 不安だわ……不安だけど、見守るしかできないわ。
だってトカナも最近はクラティオスとディアヴィティを絡ませるお話を嬉しそうに語ってくれたり、ディアヴィティにもらった眼鏡チャームを肌見離さず付けていたりして満更でもなさそうなんだもん。
長年イリオスに憧れていたというけれど、そっちはもう吹っ切れたようだ。
トカナが幸せになれるなら、私も応援するよ! たとえ相手がヤンデレでもね!
体育祭の次は文化祭。秋はイベントに事欠かない。
高等部からはクラスでの出し物も必須となるのだが、我がクラスではお化け屋敷をやることに決定した。最悪である。
しかも絵がうまいからと推されて、私が看板を描く係に選ばれた。超最悪である。
「クラティラスさんは看板だからまだいいですよ。あたしなんて、脚本ストーリー係ですよ? ホラーなんて書きたくないよぅ……怖くて書けないよぅ……もうやだ、想像するだけで泣きたい……」
情けない泣き声を上げ、リゲルは真っ白なままの原稿に顔を伏せてしまった。
お化け屋敷という名前ではあるけれど、クラスの教室を使うので正確にはお化け教室だ。
おおまかなモチーフは『校内の怪談巡り』というものに決まった。それをもとに全体の流れを考え、どんなオバケをどこでどのように登場させるかは、満場一致でリゲルに一任された。皆曰く、物語といったら国語の成績が抜群に良いリゲルさんでしょう! ということで。可哀想に。
なんて憐れんでる余裕はない。私の机の上に置かれた紙も、まだ真っ白だ。
ストーリー係と看板係の二人で話し合い、大体のアウトラインを決めてしまいたいんだけど……怖がり二人じゃ、ちっとも進まないんだよね。
「今日のところは諦めて、もう部活に行きません? オバケのことばかり考えてたら、寄ってくるって聞いたことあるし……」
リゲルが身を震わせる。放課後の教室って、確かに妙に薄気味悪いよね……って、いつのまにか私達二人しか残ってないじゃん。
それなら、ちょうどいい。
私はてきぱきと机を片付けるリゲルを横目に、そっとバッグから目的の品を取り出した。今日の日のために、こっそり用意しておいたのだ。
「リゲル、お誕生日……」
「えっ、オバケ!? 出た!? イヤーー!!!!」
が、リゲルは声をかけるや飛び上がり、私の腕を引っ掴んで教室から飛び出した。お誕生日をオバケと聞き間違えたらしい。
「リゲル、違うから! とにかく落ち着け!」
「地下から、飛び出すオバケ!? ヤバい怖い取り憑かれる! クラティラスさん、もっと足を動かして! 逃げなきゃ、こっちが殺られますよ!」
ダメだ、こいつ……ビビるあまり、何を言ってもオバケ関連に脳内変換しやがる。こうなったら気の済むまで、走らせるしかなさそうだ。
プレゼントを落とさないように抱えて、私はリゲルに引かれるがまま共に疾走した。
こんなにオバケが怖いくせに、親友の私の手はしっかり掴んで離さない。
横顔は可愛さをかなぐり捨てて、必死の形相を描いている。
だけど私にはその表情が、ゲームで見たどんな時のヒロインよりも愛おしく感じられた。
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