腐令嬢、軌跡を贈る
リゲルが全速力で逃亡した先は、紅薔薇支部――ではなく、白百合支部の部室だった。
「ひぃーひぃー……こ、ここなら安心ですよ、クラティラスさん……」
「ひゅーひゅー……ど、どうして白百合に……」
「お二人共、何があったぞな!? おい、誰かお水を持ってきてけろ!」
ドアを開けて雪崩込んできた私達二人に、デスリベが慌てて駆け寄ってくる。
「どうしたんですか、二人揃って。教室に残って、文化祭の打ち合わせをしてたんですよね? オバケでも出ました?」
奥の部長席にいたイリオスもやってきて、床にへたり込む私とリゲルに問いかけた。
「そ、そうなんです! オバケが! 地下から飛び出して! ビックリ仰天で! 取り憑かれそうになって!」
訳のわからない説明をしようとするリゲルの視界を、私はプレゼントで塞いだ。
「ハッピーバースデー、リゲル!」
「へ……?」
リゲルはやっと正気に戻ったらしく、押し付けられたプレゼントの箱を手に取って私を見た。
「今日はあなたの誕生日でしょ? 気に入ってもらえるかどうかわからないけど」
そう言って私はリゲルに、箱を開けるよう促した。
「わぁ……!」
リボンを解き、包み紙を丁寧に開封したリゲルが華やかな歓声を放つ。
中身は、ブック型のフォトフレームだ。
開くと、私とリゲルのツーショット写真が左右に二枚ずつ、合計四枚入っている。
カメラはこの世界では貴重品だが、私と共に行動していればリゲルも被写体に収まることが多々ある。四枚の写真は、お父様のカメラで撮影したものや学校行事に使用されたものなどを集めて、その中から私が自ら厳選した。
去年と一昨年はリゲルの好みを優先して、私が描いたBLイラストのグッズを贈った。けれどゲーム本編開始となる今年からは『二人の軌跡』を残したいと考えて、こういったプレゼントにしてみたのである。
私とリゲルは誰よりも仲良しだった――たとえ何があっても、そのことだけは忘れてほしくなくて。
しかしリゲルはフォトフレームを開いたまま、動かず声も発さない。
こ、これは……もしかしなくても、大失敗だったか?
そうよね、わざわざ写真にして飾らなくても、実物は嫌ってほど見られるんだし。
「えっと……写真は抜いて別のものに入れ替えることもできるよ? そ、そうだ、気に入らないならリゲル好みのBLイラストを描き下ろして入れてみる!? 邪魔なら閉じちゃえばそんなに場所も取らないから! 肩叩きとしても使えるから!」
必死に様々な活用法を説いてみせると、リゲルはやっとふるふるとブラウンベージュの髪を横に振った。
「違うんです……気に入らないんじゃなくて、嬉しくて……嬉しくて、声も、出なくなっちゃっ、て……っ」
言葉に詰まると同時に、リゲルの大きな金色の瞳から大粒の涙が溢れ始めた。
まさか泣くほど喜んでもらえるとは。
やば、こっちまでもらい泣きしそう。
リゲルの頭を撫でながら、私は懸命にこみ上げかける嗚咽を堪えていたのだが。
「出会ったばかりの頃のあたし、こんなだったんですね……それから中一、中二、中三。こんなに長く、クラティラスさんのそばにいられるなんて思わなかった。クラティラスさんと一緒にいるのが、いつのまにか当たり前になってた。それがすごく、幸せなことなんだって、改めて気付いて……っ」
バカーー!
そんなこと言われたら、私も我慢できなくなるじゃないかーー!!
「うええええん、リゲルー! 来年も再来年も一緒だよ! 私のそばにいてよー!?」
「うわあああん、クラティラスさーん! 当たり前じゃないですかぁー! ずっとずっと一緒ですからねー!?」
涙腺大崩壊した私は同じく顔面大洪水となったリゲルと固く抱き合い、わんわんと泣いた。
泣いて泣いて落ち着いた頃に、何だか妙な空気に気付いて周りを見渡したら、デスリベを始めとする白百合の奴らも泣いてた。もらい泣きではなく、私達のハグに萌えるあまり仰げば尊み泣きしたみたいだ。
そうだ、ここって白百合の部室だったっけ……。
ところで、リゲルはどうしてわざわざ白百合なんかに逃げ込んだんだ?
「だってほら、オバケって大体が髪の長い女性じゃないですか。だったら白百合の連中に押し付け……いえ、お任せして、萌え対象として崇拝されれば、キモがって……いえ、気分が良くなって昇天するだろうと思って」
白百合の部室を出てから尋ねてみると、リゲルは赤く腫れた目を恥ずかしそうに細めながら答えた。
なるほど、あいつらに鼻息荒く見つめられたら、どんな悪霊だって逃げ出すよね。さすが私のリゲル、奴らのキモさを利用しようとするなんてとても賢いわ!
オバケの心配もなくなったので、我々はいつものように明るく楽しくBL論を語らいつつ、旧校舎の廊下を歩いていた――――のだが。
「おぉぉ〜い……そこの二人ぃぃぃ……」
「遅いよぉぉぉ……待ちくたびれたよぉぉ……」
地の底から湧き上がるような二つの声が、背後から浴びせられる。
「ぎゃー! まじで出たあーー!!」
「びゃー! オバケでは登場率の低い、レアものの男だあーー!!」
私とリゲルは同時に飛び上がって叫び、またもや手を取り合って全速力で逃亡した。
何でもBLカプにして萌えられる私だけど、本物のオバケは無理なの! 怖くてそれどころじゃないの! 怖さが萌えより勝る、唯一の存在こそがオバケなの! リアルオバケは地雷以上の恐怖案件なの!
行き先はもちろん、紅薔薇支部の部室。
あそこに行けばオバケだろうと理屈で論破するリコや人外萌えに生きるミアや、ひ弱そうな見た目をしつつ萌え始めると私でも手がつけられなくなるイェラノがいる。私達と同じくオバケが苦手なステファニもいるけど、彼女なら悲鳴上げながらもオバケをぶん殴りそうだし、自分よりビビり倒してる奴を見たら冷静になれるかもしれない。
紅薔薇のメンバー達だったらきっと、オバケを強制除霊してくれるはずだ!
しかし部室に到着するや、我々に声をかけたのがオバケじゃなかったと判明した。
その正体は、私達に付き合って散々走らされたせいでオバケばりにやつれ切った顔になったレオとクロノ。
リゲルに誕生日プレゼントを渡すために、抜け駆けを牽制し合って二人でずっと階段で待機していたらしい。全くもう、人騒がせなことしやがって!
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