腐令嬢、委ねる


 お昼休憩を終えると、体育祭は後半戦へと突入した。


 ひりつく暑さは和らいだといっても、気温はまだ高い。そんな中、私はドレスを着てヒールを履いてダンスしながら走るというドレスステップ走に挑んだ。

 何故この競技を午後に持ってきたのかと問い詰めたい。

 参加したのがほとんど貴族の令嬢さんばかりだったのもあって、皆死にそうになってたよ……一位は獲ったけど、達成感よりやっと終わったっていう解放感しかなかったわ。


 ドレスを脱いで応援席に戻ろうとしたところで、私は珍しいコンビに遭遇した。



「いよう、ファルセにディアヴィティじゃん。二人でいるとこ初めて見るけど、仲良しなの?」



 陽気に声をかけると、ファルセはベビーブルーの短髪をかきながら気まずそうに笑った。



「いやぁ仲良しってほどじゃないんすけど、同じ二爵家だから顔見知りで」


「お前、いつも面倒な時に顔を出してくるよな。悪い意味で空気を読んでるのか? はいはい、さすティラスさすティラス」



 対してディアヴィティは眼鏡のブリッジを指先でクイッと上げ、嫌そうに溜息をついた。


 うわ、感じ悪いなー。でも無自覚人たらし能天気攻めなファルセを横取りされたくない心配性ツンデレ受けだと思えば悪くない。うん、ここはやっぱファル✕ディアよね。性悪眼鏡は受けって、私の鉄板だし!



「ファルセは休み時間中? 体育祭……っていうかアンドリアを見に来たんだよね?」



 萌えを堪え、私は笑顔で尋ねた。



「いえ、サボりっす! だってドレス姿のアンドリアさんが見られるんすよ? 授業どころじゃないっしょ。ドレスで走るアンドリアさん、美しかったなぁ……あのまま自分の胸に飛び込んできてくれれば……なんつってー? なんつってー!?」



 そう言ってファルセは笑いながら、私の肩をばしばし叩いた。

 いてーよ。しかもそのレース、私も出てたよ。ちっとも見てなかったみたいけどな!



「そのアンドリア・マリリーダと俺に、婚約の話が持ち上がっているんだ。その件で、こいつに相談していてな」



 ディアヴィティが親指でファルセを差す。私はぽかんとして、二人を交互に見た。


 アンドリアの父、マリリーダ二爵は財務卿の下で内部部局にて民間金融機関を監督する官僚の一人だ。そしてディアヴィティの父、フェンダミ二爵は現法務卿である。


 アンドリアは二人姉妹、姉は既に一爵家に嫁ぎ、養子か婿養子を取るしかないと聞いた。またディアヴィティには優秀な兄がいるそうだから、家を出ても問題ない。双方の家にとって、凸が凹にハマるような良い縁談である。


 そう――家にとっては、だ。



「そんな顔をするな。まだ候補の段階で決定ではないから、アンドリアにも知らされてないんだ。決してお前に黙っていたわけじゃない。同じ部活にいる者同士だし、彼女だって真っ先に皆に相談するだろう」



 私がアンドリアから何も聞いていないことにショックを受けたと思ったんだろう。慌ててディアヴィティはフォローの言葉をかけてくれた。


 普段はクソほど失礼なのにこういう気遣いができるとこ、ズルいよねぇ。ヤンキーが捨て犬ならぬ捨て攻めとか捨て受け拾って、文句言いながらもせっせと世話するアレに近いギャップ萌えを感じるわ。



「アンドリアさんのお姉様がいらっしゃるっていうんで、ランチに乱入して挨拶ついでにご馳走になってたんすけど、そんな俺に気付いて中等部に戻ろうとしたしたところをフェンダミ先輩に呼び止められたんす。で、婚約の話をこっそり教えていただいて……」



 そこでファルセは、急に真顔になって宣言した。



「俺、今日の体育祭が終わったら、アンドリアさんに気持ちを伝えます! で、家に帰ったらすぐお父様を説得して、マリリーダ家に婚約の申し出をしていただくつもりです!」



 ま、まじかーー!

 ファルセ、サッカーバカから脱却してついに告っちゃうんかーー!!


 ってフェンダミ家を出し抜いて婚約まで一気に持ってこうとするとは、フラれても外側から固める気満々だね!? 今まではディフェンダーだったのに、いきなりセンターフォワードにポジションチェンジだ!!



「……おい、俺の交換条件も忘れるなよ?」



 闘志に燃えるファルセに寄り添い、こそっと囁いたディアヴィティの声を、私は聞き逃さなかった。



「交換条件って何よ? まさか金出せってんじゃないよね? そんなこと、私が許さないよ!」



 つい口調が厳しくなったのは仕方ない。

 ゲームのディアヴィティは、好感度が上がるまでは自分に得がなければ動かない打算的な性格だった。だからファルセの恋する気持ちを利用するなんてこともやりかねないと考えたからだ。



「違いますよー、トカナの見張りです。悪い虫がつかないか、心配なんですって」


「バカ! 言うなぁぁぁ!」



 慌ててディアヴィティが止めるも、時既に遅し。聞いちゃったもんねー!



「何で言っちゃいけないんすか? クラティラス先輩は恋の神様っすよ? そりゃアホで下品でやかましくてポンコツですけど、恋愛の悩みに関してはすげー頼りになるんです。協力してもらって損はないと俺が保証しますよ!」



 真っ赤になって俯いたままのディアヴィティの肩を叩き、ファルセは快活に笑った。そして、改めて私に視線を向ける。



「クラティラス先輩のおかげで、アンドリアさんという人を知ることができたんです。クラティラス先輩がいなかったら、きっと通り過ぎてました。サッカーと同じ、いえ、サッカー以上に大切に想える人に出会わせてくれたこと、心から感謝してます!」



 いつの間にか見上げるほどの位置にまで遠退いた頭をしっかり下げ、ファルセは体育会系らしいきびきびとしたお辞儀をした。


 うむ、その態度に免じて、どさくさ紛れに吐いた暴言の数々は許そう!



「お礼なんていいよ。大事な友達をそんなにまで想ってくれて、私こそ嬉しい。必ず幸せにして……ううん、二人で幸せになってね。それに、ディアも」



 バレバレだっつーのに本人は隠していたつもりだったようで、恋心を暴露されて恥ずかしさで顔も上げられないディアヴィティに、私は声をかけた。



「トカナは私にとって妹みたいな存在なんだ。ディアには、あの子と似ているところがある。だから、あなたとなら、うまくいくと思うんだ。家柄の問題もあるだろうけれど、どうか大事にしてほしい。トカナのことも、何よりあなたの想いも」


「お、応援……してくれるのか?」



 恐る恐る、ディアヴィティがこちらに顔を向ける。もちろん、私は笑顔で応えた。



「当たり前じゃない! だって私達、『友達』でしょ」



 ふっと力が抜けたように、ディアは微笑んだ。


 その表情は、ゲームでヒロインに見せたものより明るくて柔らかくて、この上ない優しさに満ちていた。



「『友達』……そうだな、俺達は友達だ。これからも、よろしく頼む」



 ファルセに倣い、ディアも深々とお辞儀する。釣られて、私も頭を下げた。



「こちらこそ、改めてよろしくお願いします!」



 声を張ってしっかりと告げ、私はアンドリアとトカナ、愛するレンド達の未来を彼らに託した。

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