腐令嬢、見張る


「クラティラスさん、今日はトイレのタイミングも合いますねっ! ところで玉入れって、ネーミング的にもビジュアル的に卑猥じゃありません? だって玉を入れるんですよ、棒の先っちょに。入った玉を取り出して投げながら数えるところなんて、まさに801棒から愛のオタマジャクシが噴出するシーンみたいですよね? エロすぎてリゲルのリゲルがリゲルしそうになりましたよ……ヒヒ」



 トイレに誰もいないのをいいことに、手を洗いながらリゲルがアホな妄想を語ってくる。

 玉入れの得点数をカウントするシーンを、やけにニヤニヤしながら見てたのは、そんなこと考えてからだったんかい。


 体育祭が始まってから、私はリゲルのそばにずっと付いていた。リゲルの目にはえっちな801棒に見えているようだが、あの玉入れカゴが彼女を襲うかもしれない。


 私にリゲルを狙う意志がなくても、『世界の力』は事故に見せかけてでもイベントを起こそうとする可能性がある。その時に巻き添えを食らって怪我するとしたら、恐らくイリオスだ。そう言ったのは、イリオス本人である。


 体育祭前に開いた作戦会議で、『世界の力』は、続編のラノベに繋がるイリオスルートに進みたがっている。そのためリゲルの好感度に関わらず、他の攻略対象との介抱イベントよりクラティラスによるイリオス横取りイベントが優先されるのではないかと彼は予想していた。


 そこで私がリゲルを見張り、イリオスは極力リゲルに近付かないようにしてるってわけ。


 イリオスには、護衛より心強い側近のステファニが付いている。人に触るのが嫌いな性質もあって、選んだ競技も徒競走とかスプーンレースとか大縄跳びとか無難なのばかりだったし、奴が怪我することもなさそうだ。


 一応、念を入れて今日は『イリオスと大ゲンカしたから顔を見たくない』ということにしてある。ステファニには気を遣わせてしまって申し訳ないが、極力近付かないようにお願いした。おかげで今日は常にリゲルと二人で行動し、好き放題BL妄想を語らっている。


 ところが、代わりにうるせー奴らを呼び込む羽目になってしまった。



「はよ仲直りした方がええでぬ? 側にいるのが当たり前だなんて甘えていてはならんぞえ。離れていても大切な人を想うことはできるけんど、近くにいるからこそ見失うっちゅうこともあるでな」



 さらりとブラウンの髪をかきあげ、デスリベはヘーゼルの瞳で私を真っ直ぐに見つめて真剣に訴えた。

 言葉遣いは相変わらずどうかしてるが、現在絶賛遠距離恋愛中の彼の言葉は説得力がある。



「うむ、デスリベの言う通りだ。イリオスは融通の利かないところもあるから、受け身でいてはいけないと思う。クラティラスだって、イリオスのことを嫌いになったのではないのだろう? 言葉を交わせる内に伝えたい思いを伝えなくては、後で悔やむことになるかもしれんぞ?」



 と仰るのはペテルゲ様。


 臨海学習をきっかけに、同じクラスのデスリベと仲良くなったらしいっすよ。デスペテ、ペテデスってなかなか異色のカプだけど、今は萌えるより鬱陶しいわ。


 てかペテルゲ様の声にもやたら重みを感じるけど、辛い恋の経験でもあるのかしら? 推しだけにちょっと気になるわね。



「そうだよぉ、うかうかしてたら他の人に取られちゃうよ? 意地張ってないで、可愛く『好き♡』って言っちゃいな! ところでコレ、おいしーね。リゲルちゃんのお母様って、料理上手なんだぁ。あ、コレもおいしー!」


「わぁ、そんなに喜んでもらえて嬉しいなぁ。そのアゲチキ、リゲルちゃんのお母さんじゃなくて、俺が作ったんですよねぇ〜。お口に合って何よりですよぉ、クロノ様」



 適当すぎるアドバイスをしつつ人の弁当をぱくぱくつまむクロノに、レオが意地悪く笑ってみせる。


 レオってば、クロノをすっかりばっちりしっかり敵認定しているみたい。しかしヒロインを取り合う男同士の争い……と呼ぶにはショボいし幼稚だなー。



「そちらは僭越ながら、私が作らせていただきました。クラティラス様、皆様の仰る通りです。早くイリオス殿下と仲直りしてくださいませ。でないとこのイシメリア、心配で食事もできませんわ」



 手際良く料理を取り分けながら、イシメリアも私を睨む。


 待望のランチタイムだっていうのに、わざわざ皆して集まってきて仲直りしろしろ攻撃だよ。心配してくれてるのはわかるけど、ちょっとほっといてほしい。



「クラティラス、ただいま! おかえりのキッス、カモンヌ!」



 ため息をついたところで、さらにうるせー奴が飛び込んできた。ウザさナンバーワンのウザティタお兄様だ。


 キッスの代わりに卵焼きを詰め込んで黙らせたが、お兄様はすぐにそれを飲み込んでめげずに笑顔を向けた。



「ランチの前に、イリオス殿下のもとへ行って本心を確かめてきたのだ。安心しろ、殿下はもう怒っていなかったぞ。カミノス様がやって来られたので早々に退散したが、体育祭の間に仲直りすると約束してくださった。これでお前も胸の憂いが晴れただろう? お兄様のおかげだ、さあ感謝のチュッチュを頼む!」



 再び迫ってきたお兄様の口に、今度はリゲル作の激辛チキンを突っ込んでやった。おーおー、さすがに激しく悶絶しておるわ。


 他の皆がやけに静かだと思ったら、デスリベもペテルゲ様も、それにレオとクロノまで揃ってレジャーシートに転がって痙攣していた。どうやら、私がイシメリアと一緒に作った『ミートボールーレット』に全員でチャレンジして全員が外れたようだ。


 最後に残っていた一つをつまんで食べると、見事に当たりだった。イシメリア特製のミートボール、ふわふわで玉ねぎの甘みが効いててめちゃくちゃ美味しい!

 しかし同じ素材で作ったのに、何でこうも味から食感まで恐ろしいほど違うんだろう? まぁ皆、ハズレの私のミートボールに倒れるほど喜んで、黙ってくださったからいいけど。



「ん? ネフェロさん……?」



 無言の無心で一抱えほどもある特大オニギリを食べていたリゲルが、ふと顔を上げて私の後ろを見て告げた。



「えっ!? どこ!?」



 慌てて私は振り向いた。


 背後には、グラウンドと道を隔てる金網がある。去年と違って、ネフェロは部外者となるから学校の敷地内には入れない。それでも私とお兄様の活躍を一目見ようと来てくれたんだ!


 ……と思ったけれど、彼の姿はどこにも見当たらなかった。ランチタイムになったにもかかわらず、イリオスとクロノ目当てに集まった女性達がひしめいているだけだ。



「えー、いないじゃん。私がネフェロを見逃すなんてありえないし」



 数分かけて目を皿にする勢いで探してから、私はリゲルに結果報告した。



「さっきは確かにいたんですよ。あんな美形、見間違うはずないじゃないですか。あたし、視力だけは自信あるんですよ? すぐいなくなっちゃったみたいだから、お忍びだったのかも?」


「ネフェロは内気なタイプですからね。入学式もクラティラス様の新しい門出を一目見たいとこっそり通学路で待機していたらしいですが、不審者と間違われて警備の者に追い払われたそうですわよ」



 リゲルの言葉を受け、イシメリアが苦笑いする。


 そんな心温まるような笑えるような泣けるようなエピソードがあったのか……ネフェロめ、どこまでも不憫可愛い奴よのぅ。明日早速お店に行って、体育祭に来てくれてありがとうって伝えよう。

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