想い人を訪ねて夏祭り
腐令嬢、被る
部活に宿題、そこに料理が加わったことで、高校生初の夏休みは思った以上に忙しいものとなった。
三日に一度といったって、毎度同じものを作るんじゃ芸がないからね。レヴァンタ家のヘッドシェフにアドバイスをもらったり、自分でも斬新な味を研究したりして、私なりに頑張った。
お兄様が毎回レシピを書き留めてくれていたんだけど、味見は初回のみでそれ以降は拒絶されちゃった。曰く『味覚に関してはイリオス殿下と相容れないようだから諦める』とのことで。この調子で、寵妃になる夢も諦めてくれればいいな。
今年の夏は、四年ぶりに家族四人での海水浴にも出かけた。
せっかくだから、お母様に選んでもらった半魚人界のスターみたいなあの水着に再チャレンジしてみたの。なのに、お兄様もお父様もアズィムも『生地に高級感がある』『スパンコールの出来が良い』『フリンジの作りが細かい』ってピンポイントでしか褒めてくれなかったよね。
おまけに実際に使ってみてわかったんだけどこの水着、泳げばフリンジにいろいろ絡まって一人海藻漁みたいになるし、ビーチに寝転んだらスパンコールに砂が入り込んでチクチク祭りだし、フリンジがスパンコールに挟まって千切れたり穴が空いたりして部位破壊みたいになるしで、ものすごく実用性に乏しかった。使い勝手ならミス着の方がまだマシだったかも……。
こんなふうに毎日を楽しく面白おかしく過ごしていると、つい忘れそうになる。ここはゲームの世界で現在、本編の真っ最中。そして私は死を望まれている存在なんだってことを。
らしくもなくセンチメンタルムードに浸ったのは、夏休みがそろそろ終わりが近付いてきたせいで気分が落ち込んだせいじゃない。ちょっと気になるイベントを目前に控えているからだ。
高等部一年生の夏休みは、一つしかイベントが起こらない。それはアステリア王国の夏祭り。私がイリオスと毎年王宮で眺めてた、あの花火が打ち上がる大きな祭りだ。
イベントとしては、大したものじゃない。ヒロインが夏祭りに出かけたら、偶然攻略対象と遭遇して二人で花火を見るというだけ。
何が気になるって、そこで出会う攻略対象というのは『現時点で最も好感度が高い奴』なんだよ!
プレイヤーなら、ステータス一覧をチェックすればすぐにわかることだ。でも私はプレイヤーじゃない。つまり、リゲルが誰の好感度をどれだけ上げたか、全くわからない。
課外授業での夜散歩でも、その日一番好感度を上げた人物を知ることができたんだけど、残念ながらリゲルは寝るという選択肢をとった。もし起きて散歩に出かけていたら、誰と出会ったのか……やっぱりレオかな、と思うけれど、この目で確かめないと真実はわからない。
そんなわけで、今夜は見えざるステータスをチラ見できる大チャンスなのである!
「こんばんは、クラティラスさん…………あぁぁ、今年の黒ベースに大柄の花という浴衣ですか! 大人っぽくていいですなー! 上品な華のある中にも毒があって、語彙力が吹っ飛ぶ美しさ! いやー、浴衣姿のクラティラス嬢は年に一度のご褒美です! 今年のベストカワユス浴衣賞も、クラティラスさんに決定ですぞー!」
「チッ、うっせーな。クソオタイガーの作った賞なんかいらないんで、辞退させていただきまーす」
「……了解。中身がウル
途端に大興奮だったイリオスは、掌を返すように冷めた口調となった。
彼も私と同じく、黒の浴衣である。
申し合わせたんじゃないよ、偶然なの!
うぅ……こっちはぼかしたように描かれた大きな水色の花、向こうは細かく連なる赤い花とデザインは違うけど、帯下から裾にかけて柄が入ってるところも被ってるし、ペアルックだと思われそう。
ここは王宮のイリオスの部屋。毎年恒例となっている、国王陛下プレゼンツの『二人きりで仲良く花火を堪能するんだYO会』にお呼ばれしたのである。
ステファニも護衛達も、花火が終わるまでは部屋に入ってこない。なので、やーいお前らペアルックーと茶化す奴もいない……のだけれど。
「クラティラスさんはこのお面を付けてください。僕は髪色でバレかねませんので、これを被ります」
イリオスに手渡されたのは、ゴムで頭の後ろに留める簡易なお面だった。祭りの出店でよく売っている、能面を模したりアニメキャラデザインだったりする、妙な立体感のあるアレだ。
それにしても、何でこんな変な顔の猫のお面を選んだんだ? これに似たようなデブい猫、どっかで見たことあるような覚えがするわ。
イリオスの方は頭部がすっぽり収まる、目の部分だけ空いた被り物なんだけど……おいおい、ブッサイクなオッサンだなぁ。このハゲててヒゲモサなオッサンも、どっかで見たことあるような気がするなぁ。
「よし、ではとっとと行きましょう!」
オッサンヘッドで擬態したイリオスはそう言って、バルコニーに向かう扉を開いた。するとガラス越しに見えていた小綺麗なバルコニー――ではなく、ひどく暗い場所に迎えられる。
目を凝らしてよくよく見ると、そこはどうやらアステリア学園旧校舎にある白百合支部の部室のようだった。なるほど、部活の合間にここと繋がる空間移動の魔法を施してたのか。
「さあ、早く。花火が始まる前に見付けて、花火が終わるより先に戻らなきゃならないんですから、時間はあまりありませんぞ!」
イリオスに促され、私は慌てて扉の向こうへと飛び込んだ。
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