腐令嬢、草生える
「さっき、スタフィス王妃陛下の名前が出たんで打ち明けますけど、一日と言わず夏休み中ずっと滞在させろって話もあったんですよ。クラティラスさんにもアフェルナ様と同じく、徹底した妃教育をさせるべきだと」
イリオスの言葉に、私は声を上げ……ようとしたけどステファニがまだリップバームを塗り込み中だったので、目だけを丸く開いてみせた。
「スタフィス王妃陛下は、クラティラスさんが高等部に進学することにも反対なさっていたんですよね。王子が早い段階で婚約者を決めるのは、妃となる人物に教育を施して王家に相応しい者として育成する期間のためですから。でも、国王陛下はそんな慣習に縛られたくなかったようで……特にクラティラスさんに関しては、頑として頷かなかったんです」
『クラティラスたんは、王宮なんて狭いところに閉じ込めず、のびのび学んだ方がいいYO! あの子はパパンのトゥロヒアっちに似て、広い見識で物事を見られるタイプだから、次世代の新型プリンセスになってくれるはずだYO! これからは時代に合わせて、王族も進化していかなくちゃYO!』
アルクトゥロ国王陛下は、このように仰っていたらしい。
なるほど、お父様と国王陛下のおかげでクラティラスはアステリア学園に進学することが許されたわけね。普通なら早くにイリオスとの婚約が決まってたわけだし、アフェルナみたいに進学より妃教育を優先させられるはずだもの。
でも――――ゲームのクラティラスも、国王陛下が仰ったようにお父様に似た性格してたっけ?
リゲルを陥れようと様々な人物を味方を付けていたから、前向きに捉えればその点では社交的と言えるか。リゲルをいじめるためならどんな手でも使ってたところは行動的で活発、罵詈雑言に関して驚きがビックリの口達者だったのも語彙力が高く話術に長けていたと言い換えられる。
結論としてお父様に似てるといえば似てる、のかな?
だけど――ゲームでの彼女しか知らないとはいっても、やっぱり私とは似ていないような気が……。
「ところでクラティラスさん、キッチンはもう見ましたか?」
納得いったようないかないような微妙な気持ちで首をひねっていたら、イリオスが嬉しそうに声をかけてきた。
「ま、まだよ。着いたばかりだもの」
「それじゃ僕が案内しますぞ! 実はね、キッチンは僕が掃除したんですよ〜。長いこと使われてなかったんで水回りが心配でしたけど、僕が心を込めて力を込めて磨いたんで大丈夫です! あのキッチンを見たらクラティラスさんも感激のあまり、何か軽く作りたくなっちゃうかもしれませんな〜?」
ニッコニコのイリオスに、私は引き攣り笑いすることすら嫌になって目を背けた。欲望ダダ漏れ本音オーバーフローじゃん。少しは自重しろよ。
仕方なく席を立ち、私はイリオスとステファニにくっついてキッチンに向かった。すると、部屋の外で待っていた五人の護衛達もぞろぞろ付いてくる。この者達が、私の手料理実験に参加してくれる有志なんだろう。
その先頭には、イリオスと同じくニッコニコのオリオがいた。
お前ら、どんだけ私の作る料理が好きなんだよ……そんなに嬉しそうな顔されたら、期待に応えたくなるじゃん!
イリオスの言った通り、キッチンは建物の外観以上にすごく綺麗だった。しかも調理器具は全て新品を揃えたそうで、眩いばかりの輝きを放っている。
こ、これは確かに……今日一日のためにここまでしてくれたんだから、お礼として何か作るべきかなって気にさせられますわね!
キッチンの見回りをしてから、私はイリオスに護衛の五人の紹介を受けた。
オリオ以外の四人は、見知らぬ顔……というわけでもなかった。女性が一人いたんだけど、その人のことは覚えている。イリオスと婚約するきっかけとなった誕生日パーティーの夜、私が部屋に軟禁された時に見張っていた、メスゴリラみたいな奴だ。
ペルセ・アカンソなるその女性は、オリオの実姉だという。うん、だと思った!
「よし、全員把握。こちらの五名様分の料理を作ればいいのね?」
「は?」
途端にイリオスが不機嫌さを剥き出しにして、眉間に縦じわを寄せる。うっわ、露骨ー。
「はいはい、イリオスの分も入れて、六人分ね」
「は?」
するとステファニもイリオスと同じ言葉、同じ表情で私を睨む。
「まさか、ステファニもこの実験の参加希望者なの? でも大丈夫? 私の料理を食べるんだよ?」
「ふん、嫌ならいいです。私は外で雑草でも齧ってます。私のような者は、草だけ食べていればいいんですよね。いっそ名前も、ステファニ・リリオンから
ステファニ、キッチン下の収納棚に入って膝を抱えて蹲り、さらにジト目攻撃である。ひねくれた拗ね方するなぁ……こんなちっぽけなことでプライド捨てファニしてんじゃねーよ。
「嫌なわけないじゃん! ステファニが私の料理を食べてくれるなんて嬉しいよ! じゃあ今日は、ステファニの好物に挑戦しちゃう! ねねね、何がいい?」
「本当ですか? さすクラです。私はレタスとルッコラとハーブ類が好きです。覚えておいていただけると嬉しいです」
ステファニは収納棚から飛び出すと、何事もなかったかのように私の隣に立って淡々と好物を挙げた。その速さ、まさに秒である。
てか好物、草ばっかやんけ。ナチュラルオーガニック草ファニやんけ。こっちまで草生えるわ。
大きな冷蔵庫を覗いてみると、既に中身は充実していた。お野菜もお肉もたっぷり、調味料も粉物もしっかりばっちり用意されている。
時刻は午後三時。おやつでも作ろうかと思ったけれど、七人分なんて大量の料理を作るのは初めてだ。なので私は、早めに夕食の支度に入ることを選んだ。
イリオスも納得してくれて、ステファニとゴリセ……じゃなくてペルセを残し、他の護衛達を連れて一旦本宮殿の方に戻っていった。
一応、私がレヴァンタ家から連れてきた護衛達にも食べるか聞いてみたけど、無言で首を横に振られたよ。んだよ、根性ねぇなー。
準備運動としてペルセの指導のもと、ステファニと共に腹筋背筋腕立てスクワットを百回ずつ行うと、私はいよいよ料理という戦闘を開始した。
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