腐令嬢、抜け出す


 あんのクソアマァァァ……!


 声には出さず、私は自室としてあてがわれたホテルの部屋で、敵に見立てた枕に拳を叩き込んだ。しかしこの高反発枕、何度殴ってもすぐに元通りになりやがって余計にイライラが増す。めげずにしつこく嫌がらせを仕掛けてくる、誰かさんとまるで同じだ。


 誰かさんとは誰だって?

 同じ宿でお休みになられているであろうカミクズ、いやカミノス様だよ!


 オリオが倒れるや、待ち構えていたように毒だと喚いた時におかしいと思ったんだ。

 だって倒れたのはオリオだけど、私の料理に毒が入っていたとしたら狙われた対象は『愛しのイリオス』ってことになる。好きな人が殺されかかったってのにあんなに嬉しそうな笑顔ができるのは、『やはり君には恐怖の表情が最も似合う』って受けの怯える顔を見て喜ぶサイコパス攻めか『これであなたは僕のもの……』って動かなくなった攻めを抱いて微笑むヤンデレ受けくらいだろうが!


 サイコパス攻めとヤンデレ受けがカプったら、それはそれは萌え滾りそうなR18Gな展開になるでしょうね……って妄想は、長くなるだろうから後にしよう。カミノス様め、本当に油断も隙もありゃしない。やたらクローシュに触るなーとは思ってたけど、まさかあの時、彼女が『私の料理に麻痺の魔法をかけていた』なんて想像もしなかったわ。


 カミノス様はバーベキューに出るだけの体力は戻ったものの、本調子ではなかった。なのでそれほど強い魔法は使えなかっただろうし、今回も人を殺すことが目的でもなかったはずだ……とイリオスは言っていた。


 イリオス曰く、カミノス様の狙いは私に罪を着せること。

 彼女はイリオスの毒見係を魔法の麻痺毒で昏倒させ、私を第三王子殺害未遂で糾弾しようとしていたのだ。


 魔力のあるイリオスなら、料理を食べればすぐに気付く。しかし『これは魔法のせいだ』なんて言えない。第三王子が魔力持ちだなんて皆に知られたら、大変なことになるもん。アステリア王国の魔力や魔法を忌み嫌うお国柄を逆手に取った、実に質の悪い作戦だよね。


 ところが作戦は失敗に終わり、カミノス様は間抜けな真似をして自分のかけた魔法を食らって、数時間ほど麻痺してまたもや動けなくなった。


 それでも、私の怒りはちっとも収まりやがりませんよ!


 リゲルとステファニに続き、カミノス様はオリオまで危険な目に遭わせようとした。全員無事だったからといっても許せない。ご本人もしっぺ返しを受けて痛い思いをしたようだけど、んなもん当然の報いだ。どうせ反省なんてしていないだろう。


 おまけにあいつのやらかしのせいで、私にとんでもない役目が押し付けられそうになっている。


 その役目というのは『特別食の専属開発』――嗜好の狂った第三王子専属じゃないよ? この超料理初心者の私に、王宮にいらっしゃる王族から重要な任務に就く者達のために、献立やレシピを考えてほしいっていうんだよ!


 イリオスがこのようにクレイジーな提案をしたのは、オリオに『カミノス様の魔法が全く効かなかった』ためだ。オリオはもちろん、魔力なんか全く持っていない。だからカミノス様が料理に魔法をかけたことに気付くどころか、それを相殺する力もないはず……なのだ。


 なのに、オリオには麻痺の魔法が一切通用しなかった。


 密かに事情を話して、彼に尋ねてみたところ、



「麻痺……ですか? 凄まじい衝撃に見舞われはしましたが、それはクラティラス様のお料理のお味のせいかと。あれは痺れなどというありきたりな言葉では言い表せないものでしたし、何より感覚がなくなって動けなくなるということもありませんでした。むしろ食べる前より身が軽くなったような気がします」



 といった返事と共に、素早く剣を振るパフォーマンスまで披露してくれた。



「……恐らく、オリオには麻痺の耐性が付いていたんだと思います。彼が普通の人と異なる点といえば、クラティラスさんが作る衝撃的なお菓子を好んで食べ続けたということだけです。なのでクラティラスさんの手料理には、肉体を内側から強化する力があるんじゃないかと考えたのです!」



 味のせいなのか精霊の加護による力なのかはわからない。しかしイリオスはオリオに麻痺魔法が効かなかった事象に、そういった雑すぎるにも程がある結論を下した。


 とはいえまだ確信の段階には至っていないから、自身の護衛達に希望者を募り、夏休み期間中に試させて効果を検証したい……ってお願いされたんだよね。


 ああもう、めっちゃ面倒臭い! 夏休みは、夏を休むものでしょーが。ゴリラみたいなオリオまで目を潤ませて懇願するからついオッケーしちゃったけど、こんな面倒臭いことになったのも全部カミノス様のせいだ!


 苛立ち紛れに枕を殴り続けていた私だったけれど、時計が夜の十時になったのを確認すると、慌ててベッドを降りて身支度を整えた。



『今日はとても楽しかった。興奮してなかなか眠れない。そうだ、散歩でもしてみようかな?』



 ゲームでは消灯の九時を過ぎて一時間後、こういった選択肢が現れる。イエスを選ぶとその日一番好感度を上げた攻略対象に出会い、夜の逢瀬を楽しむことができるのだ。ノーを選べば、普通にゆっくり寝るだけだ。


 リゲルは今日、ゲームでは起こらなかった死にかけイベントに遭遇したし、疲れてるだろうからノーを選ぶ……と思う。しかしイエスの可能性もあるんだから、行って確認せねばならない。

 相手が誰かをチェックして、今後調整するのも私が死なないための一歩ですからね!


 イシメリアは私がもう寝たと思って既に部屋を出ていたので、抜け出すのは簡単だった。


 ヒロインが攻略対象と落ち合うのは、やっぱりもちろん当たり前の当然俄然な夜の浜辺。煌めく星と月に彩られた夜空、静かなさざなみの音を放つ深い藍色の水面、そんなロマンチックな風景の中でヒロインと攻略対象は語らうのだ。


 しかしよー、高校生なんだからヒロイン達の他にも抜け出してイチャつくカップルがいたっておかしくないと思うんだよね。

 この国じゃ十五歳で成人なわけだし、学校でも恋愛禁止ってルールはないのに、ロマンチックが止まらないのはヒロインと攻略対象だけってちと場面も盛りすぎな気が……。



「どこへ行こうというの?」



 外に出て、両脇を椰子の木が飾るアプローチを早足で歩き、石造りの門を抜けようとした瞬間、背後から声をかけられて私は固まった。


 が、わざわざ振り向いて確認せずとも相手が誰だかすぐにわかったので、無視して進んだ。



「わたくしの質問に答えなさい! あなた、まさかこれからイリオスに会いに」

「だとしても、あなたには関係ないでしょ」



 冷ややかに答えるも、カミノス様は私の肩を掴んで無理矢理に引き留めた。



「関係なくないわ! どうせまたイリオスを誘惑してふしだらな行為に及ぼうとしているのでしょう!? そうはさせてなるものですか……もう二度と、あなたなんかにイリオスには触れさせませんわ!」



 仕方なく私は立ち止まり、嫌々カミノス様の顔を見た。


 関係ねーし、誘惑しねーし、ふしだらな行為もしねーし触らねーし! それを抜きにしたって、お前が私の行動に口を出す権限なんざねーし!


 ぐっと怒りと共に罵倒が喉までこみ上げる。だけどここは堪えるしかない!

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