腐令嬢、疑われる


「いいえ、毒など入っておりません」



 カミノス様の悲鳴を受け、待機していた護衛達が慌てて駆け寄るよりも早く、オリオはバネ仕掛けみたいに跳ね起きて否定した。



「失礼いたしました。想像を絶する味だったため、驚いただけです。イリオス殿下、どうぞお召し上がりください。料理の概念が根本から打ち砕かれ、未知なる世界へと誘われるでしょう」


「オリオが言うなら間違いありませんな! どれどれ?」



 オリオの許可を得て、嬉々として一口食べたイリオスも棒倒しみたいに倒れた。



「……こ、これは……新感覚です……! もう不味いとか気持ち悪いとか痛いとか苦しいとか、これまで感じたあらゆる負の味覚を超越してます……! すごい、すごいですぞ……何という恐ろしいものを生み出してしまったんですか、クラティラスさん! あなたは究極の食材殺し、食の破壊神です……!」



 えっと……これって、褒めてる? 破壊神でも神は神だけれども。


 オリオと同様、イリオスはすぐに立ち上がってさらに一口、もう一口と泣きながら叫びながら、水浴びしたように汗だくになりながら、無我夢中といった感じで私の料理を食べた。その様子を、オリオはすごく恨めしそうな目で見つめていた。


 うわぁ、イリオスと味覚が合うって本当だったんだ……。



「あの……イリオス殿下。クラティラス様のお料理は要するに美味しい、ということですか?」


「美味しくはないです! 最低です! でも最高なんです!」



 恐る恐る尋ねたイシメリアに、料理を貪りながらイリオスが訳のわからない答えを返す。



「お菓子と違って、ハンマーなしでも新たな境地が拓けたというわけですね」


「そうです! クラティラスさんは料理の才能にも溢れています! もちろん、最悪の意味で!」



 使われなかったハンマーを砂浜に埋めてお墓を作るステファニに、料理を貪りながらイリオスが失礼極まりない答えを返す。



「このように素晴らしい料理を私にも分けてくださるなんて……イリオス殿下、ありがとうございます。一生あなたについていきます!」


「お礼ならクラティラスさんに言ってください! これからも共に、クラティラスさんの創造する神秘なる地獄を分かち合いましょうぞ!」



 小皿に取り分けてもらった料理を口にして涙ぐむオリオに、料理を貪りながらイリオスがもうどう突っ込んでいいかもわからない答えを返す。



「な、何……どうして……ちょっと失礼!」



 そんな私もドン引きなカオスの中に、いきなりカミノス様が飛び込んできた。


 何をするのかと思えば、私が持つ皿にイリオスの隣から携帯していたらしき小さなスプーンを差し込んで自らも口に入れる。


 令嬢としては、はしたなきこと極まりない行為だ。

 こんなことまでして、イリオスの言う『神秘なる地獄』とやらを分かち合いたくなったのかな? 恋する乙女は好きな人の好きを共有したがるもんだけど、まさかここまでやるとは……カミノス様のイリオス狂レベルはステファニ以上かもしれないぞ!



 なーんて感心していたらば。



「ぐえええーー!!」



 皇女らしからぬお汚いお悲鳴をお上げになって、カミノス様がおぶっ倒れになられたじゃないの!!


 これもイリオスを身近に感じたいあまり、真似してるのか? だとしたらカミノス様、名女優だよ! 白目剥いて泡吹く顔は美人をかなぐり捨てて迫真の表情だし、何より痙攣の仕方が見事すぎる!



 ――が、これはカミノス様の深すぎるイリオスへの愛が為せる技でもなければ、卓越した演技力でもなかったようだ。



「カミノス様! カミノス様、大丈夫ですか!?」


「これは……麻痺毒か? おい、貴様! その料理に何を仕込んだ!?」



 カミノス様に駆け寄り、様子がおかしいと気付いたヴォリダの護衛達が私に詰め寄る。



「し、知らないわ! 私は何も仕込んでなんていない! 本当よ!」



 彼らの恐ろしい剣幕に、私は慌てて己の潔白を訴えた。


 必死になるあまり、嘘くさく聞こえたかもしれない。信じてくれるどころか、私に向ける目がさらに険しくなっていく。この騒ぎに気付いたようで、向こうでバーベキューを楽しんでいた生徒達や教師達も何事かとこちらを見ていた。


 冗談じゃない! ヴォリダ帝国第一皇女暗殺未遂だなんて、それこそ即刻死亡エンド確定だ!

 疑われるだけでもヤバい案件じゃん!!



「嘘をつくな! 現にカミノス様は……」

「やめろ」



 掴み掛かろうとした護衛の男の手は、私の前に立ちはだかった巨大な壁によって遮られた。



「毒など入っていないことは、私とイリオス殿下がこの体で証明している。クラティラス様にありもしない罪で突っかかる暇があるなら、とっととカミノス様を介抱すべきだろう。主であるカミノス様を守れなかったばかりか、お体を労るより責任の押し付け先を探して己の保身を優先するとは……貴様ら、それでも護衛か。己らの行為を恥じるがいい」



 私を守るように背後に庇い、オリオは淡々とした口調で逆に相手を責めた。



「……カミノス様は、毒で倒れたのではありませんよ」



 その間も、イリオスはずっと料理を食べ続けていたのだが、皿を空にするとヴォリダの護衛――ではなく、彼らに抱きかかえられているカミノス様に冷ややかな目を向けた。



「数刻もすれば目覚めるでしょうから、ご本人に聞いてみるといい。人を呪わば何とやら、ですね。ついでに、二度とこんなバカな真似はするなとお伝えください」



 私が震えたのは、夜風で冷えたせいばかりじゃない。側にいたイリオスが、全身から殺気を放っていたせいだ。


 それに圧されるように、ヴォリダの護衛達はカミノス様を連れて逃げるように立ち去っていった。

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