腐令嬢、イラムカつく


 クロノがリゲルの激ヤバ料理を口にできたんだから、私のお菓子に慣れているイリオスなら極ヤバ料理くらい余裕でいけるはず!


 そう意気込んで、彼のいた場所に向かったまでは良かったのだが。



「あら、クラティラス様。どうなさったの、こんなところにいらっしゃるなんて」



 目当ての人が姿を消していたので、私は仕方なく直近まで共にいたカミノス様に尋ねた。



「あの、イリオスがどこに行ったかご存知ありません? さっきまで、こちらでご一緒していたと思うんですけれど」


「ああ、イリオスならお手洗いに行っているわ。いきなり元気をなくしてしまって、どうしたのかと心配だったけれど、わたくしとのお話が楽しくてずっと我慢なさっていたみたいで」



 勝ち誇ったように笑いながら、カミノス様が答える。


 そんなおもろい話してたんか。ふーん、へーえ、ほーう?


 若干イラッとしたけれど、イラッとする理由がわからなかったしイラッとする必要もないのでイラッとしたことは忘れることにし、私も笑みを浮かべてみせた。



「ではまたここに戻ってくるのね。ご一緒に待たせていただいても構いません? これを渡したら、すぐに立ち去りますわ」



 両手に持った皿を掲げて許可を願うと、カミノス様は不思議そうに覗き込んできた。



「なぁに、これは? そういえばあなた、向こうで何かやっていたわね?」


「ええ、お料理を作っていたのですわ。イリオスに食べてもらおうと思って」



 食べてくれるかどうかはギリギリラインですけどね、という言葉は飲み込んでおいた。私にだって見栄を張りたい時があるんだよ。



「ふうん……手料理、ねえ。ヴァリティタ様のお刺身は、プロ並に素晴らしかったわ。妹のあなたも、さぞかしお料理がお上手なのでしょうねえ。そういったことは全て使用人達に任せているわたくしには、何故わざわざ自分で作るのか、到底理解できませんけれど」



 嫌味を言いつつ、カミノス様は手をクローシュに伸ばした。そのまま蓋を取って、中身を確かめる――かと思いきや、彼女はクローシュに手を乗せただけに留まった。



「何よ、その目は。いくら何でも、勝手に開けたりしないわ。これはイリオスのものだもの、失礼になるじゃない」


「アッハイ、ソッスネ」



 あんたならやりかねないでしょーよ、むしろそんな常識を持ち合わせてたことに驚いたよ、おかしな臭いを嗅ぎ付けてヤベーこれ見ちゃアカンやつやって察して止まったわけじゃなかったんすね……などといろいろ思うところはあったけれど、私は曖昧に笑って濁した。


 ジト目で私と向かい合っていたカミノス様だったが、その表情が突然明るく輝いた。



「イリオス! おかえりなさい!」



 愛しのダーリンの帰宅を待ち構えていた新妻みたいな声で迎えるカミノス様をスルーし、戻ってきたイリオスは私に戸惑いの目を向けた。



「クラティラスさん、どうしたんです? 僕に用なんてないんじゃ? ああ、ヴァリティタ様でしたらアズィム様を伴って、ペテルゲ様とディアヴィティくんと一緒に船で夜釣りに行ってますよ。お刺身が絶品だったので、僕がイカのお刺身も食べてみたいと言ったせいですが……」



 イラッどころじゃない、ムカッとしましたよ。


 こいつ、私が料理してたとこをあんだけガン見しくさっといて、どうしたと聞くか? 用がなけりゃ、わざわざ来ねーよ。


 お兄様をイカ釣りに誘導したのは、いたら私の手料理を食べるのに邪魔しそうだと考えたからじゃないの? それとも、もしかしなくても私の料理はどうせ不味いだろうからやっぱり食べたくなくなってきたってか? でなけりゃカミノス様とのお喋りが本当に楽しくて、私の料理は障害でしかないと思ったわけ?

 いずれにせよムカつく野郎だな!



「あなたに食べてもらえたらと思って手料理を作ったんだけれど、ご迷惑だったかしら? そうよねー、カミノス様と仲良く楽しくなさっていたんですものねー。私なんてお邪魔虫よねー。食べてくれなくても別にいいけどねー」



 いやもうね、我ながら本当に感じ悪いとわかってるよ。こんな言い方しなくて良いのにって、言いながら反省したよ。


 でも止められなかったんだから仕方ないじゃない!



「本当に、僕に……? 兄上に、じゃなくて……?」



 イリオスがくちびるを震わせながら、途切れ途切れに問い返す。


 クロノと同じことを言いよる……王族って、手料理に関して勘違いする属性でも持ってんの? 意味わからんがな。



「クロノなんかに手料理を作るって、それ何て罰ゲー? 私が料理を作って贈る相手といったら、イリオス以外いないでしょーが!」


「で、でも、クラティラスさん、真っ直ぐに兄上のもとへ行ったじゃないですか。だから僕はてっきり、リゲルさんの件についてのお礼のためだったのかと……あの時、僕はただ突っ立ってるだけで何もお手伝いできませんでしたし。二人が助かったから良かったものの、今思うとあの時の自分は本当に情けなかったと反省しています」



 イリオスの弁明を聞き、私は誤解の原因を理解した。同時に、カミノス様が言っていたように、いきなりイリオスの元気がなくなったという理由も。


 自分のために作ってくれてるんだーって浮かれてたのに、クロノのものだったのか……そういや自分、あの二人の危機の時に静観してたよね……こんな薄情な奴に手料理なんてくれないよね……って落ち込んじゃったんだね。

 イリオスが敢えて手出ししなかったのは私と同じで『リゲルとステファニは絶対に助かる』って確信があったからだし、それに関しては私だって理解してる。


 うん……あの後、話す機会はあったのに、そこんところも含めてお料理を作るから食べてってきちんと伝えなかった私も悪かったよ。



「先にクロノのもとに行ったのは、彼に手料理を作ったリゲルの付き添いよ。あの子、意外なところでヘタレだからね。ちゃんと渡せるまで、見届けてきたの」



 そこで微笑み、私は両手に持っていた皿をイリオスへと差し出した。



「お菓子は慣れてきたけど、お料理を作るのは初めてだったの。だから、口に合うかわからないけど……」


「イリオス、食べてあげなさいな」



 ここで驚くべきことが起こった。何とカミノス様が、後押ししてくださったのだ!

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