腐令嬢、手料理作る
楽しい釣りのお次はお待ちかね、バーベキュータイムだ。
会場は、防砂林の手前に砂利を敷き詰めて舗装された場所。砂浜では鉄板が倒れる危険もあるし、食べ物も砂を被りやすいからここを選んだんだろう。
バーベキュー・オン・ザ・ビーチを期待していた自分としてはちょい残念だったけど、海とはそこまで離れていないから景色も潮風も波音もちゃんと味わえる。
基本的には、我々の釣った獲物を教師達が吟味して提供する。しかし自分で焼いたり調理したりしてもオッケーだ。
ヒロインは当然、気になる人のために手料理を贈ろうと奮闘する。
ちなみに釣りイベントも遠泳と同じく、タイミングを図ってボタンを押すという単純ながらも射幸心を煽るミニゲーム方式だった。
ボート釣り、堤防釣り、磯釣りの三種からどれを選ぶかでも成果は異なるし、それぞれで得られる食材も違う。釣りは運要素にも大きく左右されるけれど、攻略対象によって好みも分かれてるからバーベキューでのクッキングで好感度を巻き返すことも可能なのである!
クッキングゲームは釣りよりさらに簡単で、選択肢に出てくる調味料やら具材やらをセレクトするだけで、三分クッキングよりスピーディーに出来上がる。もちろん、味付けの好みも攻略対象によって様々だ。
例えばディアヴィティなら、ボート釣りを選んで高級魚を狙うのがセオリー。
でも調理を失敗してしまったら、『せっかくの食材を台無しにするなんて、君はやはりグルメが何たるかもわからない庶民なのだな』と逆に嫌われてしまう。
ペテルゲ様ならどんなものでも砂糖ぶっこんで生クリームかけとけばいいし、ロイオン――ゲームでのハニジュエだった――は見映えを意識して仕上げれば喜ぶ。お兄様はファルセと同じで臨海学習お留守番組だったから攻略法はわからないけど、手間暇かけときゃ『心を込めて作ってくれたのだな!』って勝手に勘違いして嬉しがるタイプなんじゃないかな。
またレオは、何をあげても好感度が上がる。ゲームでもリアルでも超チョロいキャラだ。
面倒だったのは、やっぱり俺様何様イリオス様。
高級魚を使ったゴージャス料理は『んなもん食べ飽きとるがな』って一蹴されるし、ならば庶民の味をとジャンク料理を振る舞えば『ワレ、塩分糖分脂肪をたらふく摂らせて暗殺しようとしてんのか?』ってキレ散らかされる。何を食べさせても好感度が下がるばかりで、正直殺意を覚えたよね。
あんまりにも腹が立ったから、こうなったらドン底の反応を見せてもらおうじゃないの! って、磯釣りで拾ったフジツボと長靴と軍手を適当に味付けして出したらあら不思議。イリオス様ったら『食べられないものをこんなに美味しくするなんて、君は神だ!』ってめっちゃくちゃ感激なされて、好感度が爆上がりしたんだよ。
あれには私も引いたわ……本家のイリオスも、実はゲテモノイーターだったのかもしれない。
だから…………このお料理も、イリオスならきっと喜んでくれると思うんだ。
赤紫から青紫に移り変わり暮れ落ちていく空、それを鏡のように映してトーンダウンしていく海、そしてまだ熱気の余韻を残す潮風の中、生徒達は鉄板を囲んでワイワイと盛り上がっていた。
しかし私の周囲だけ、そんな喧騒から取り残されたように深く暗い静寂に包まれている。
「クラティラスさん、いくら何でもこれはちょっと……ごめんなさい、諦めた方がいいと思います」
私の縋るような視線を受け、リゲルがゆっくりと首を横に振る。可愛らしい顔は、宵闇を映したように青ざめていた。
「もしものためにハンマーを持参してきましたが……今回ばかりは、ハンマーではどうにもできなそうですね……」
ステファニも、両手に構えていたハンマーを下ろして静かに項垂れる。腕は下げても、お手上げってか。誰うまにもなっちゃいない。
「ジャンクフード店の息子の俺が言うのも何だけど……やめときなよ。イリオス様、ショック起こして心臓止まったらどうすんの? 俺、もう人が死にかけるところなんて見たくないよ……」
レオが涙目で訴える。表情は可愛いけど、言ってることはキツいね! 味見をお願いしたけど、全力拒否だったもんね!
「クラティラス様……お願いです。どうか、考え直してください。イリオス殿下を愛していらっしゃるなら、こんな恐ろしいものを食べさせようとするなんて、おやめください……!」
イシメリアに至っては、早くも号泣だよ。泣きながら引き留めてきたよ。
そんなにやばいかな? ギリいけるんじゃないかと思ったんだけど……いよいよ自分のセンスに自信なくなってきた。
我々は五人は、バーベキュー本会場からやや離れた場所に用意された調理用のコーナーに集っている。そこには簡易な調理台と小さめの鉄板が設置され、料理をしたい者は自由に使える。
ゲームでもそうだったけれど、わざわざ自分の手でお料理を作りたいと言う生徒はほぼいなかった。ここへ来たのはヒロインであるリゲルと私、それから我々より前に見事な包丁さばきを披露し、高級料亭ばりに美しいお刺身を仕上げてイリオスに献上しに行ったお兄様くらいだ。
リゲル、ステファニ、レオ、イシメリアから否定的な反応をもらった料理を、私は改めて見つめた。
同じ兄妹なのに、どうしてこんなにも差が出たんだろう?
リゲルからもらったイシダイをぶった切ってこれでもかと焼きまくり、拾ったフジツボとカニを砕いてすり潰し、そこに酢とレモンを入れまくってソースを作り、さらにレオからいくつか分けてもらったカラフルなイソギンチャクを添えた。ちゃんとイソギンチャクにもバーナーで火を通したんだけど、生命力がすごく強いやつみたいでまだうねうね動いている。
焦げて闇色になったイシダイ、酸味と磯臭さが混じって妙な匂いのする暗緑色のソース、その周囲で蠢く紫と橙と黄色のイソギンチャク……彩りも悪くない、はずなのに何故こんなに不味そうなんだ?
お菓子作りは慣れてきたものの、料理をするのは初めてだ。そういや前世でも、まともに料理したことなかったかも? 一人暮らししてる間も、カップ麺ばっかりだったもんなぁ。
それより…………これ、どうしよう?
私的には、せっかく作ったんだからせめて一口だけでも食べてほしいんだよね。イリオスも、クラティラスの初手料理に大きな期待を寄せてるみたいし。遠目でもわかるくらいニヤニヤしてる顔と何度も目が合ったし。
今はどうしてるんだろうと思い、チラリと彼の方を見てみると、イリオスはバーベキューには参加できる程度に回復したらしいカミノス様にイリオスマイルで応じていた。
笑顔で言葉を交わし合った二人は、そのまま皆のいるバーベキューコーナーから海の方へと歩いていき、カミノス様が砂浜にご用意なさったらしいパラソル付きのテーブルセットで寛ぎ始めた。
カミノス様がお召しになっている、銀の糸で織られたサマードレスがパラソルに吊るされ灯されたランプの光を受けてチラチラと輝く。イリオスの髪に合わせたことは明白で、テーブルで向かい合い笑い合う二人の姿は、お似合いのカップルみたいに見えた。
もやりと、胸がざわつく。
それに押されるように、私は料理の乗った皿を掲げて宣言した。
「私、行ってくる! どうせ護衛が毒見をするだろうし、王子に食べさせるべきではないと判断されたら自分で食べるわ。それなら問題ないでしょ」
モヤモヤを堪えて低く告げると、リゲルも自分のお皿を手に取った。
「あたしも行きます! クロノ様も王族ですし、庶民の作ったものなんて食べたくないってお断りされるかもしれないけど……その時は、一緒に食べましょう?」
クロノがリゲルの手料理を拒絶するわけがない。それでもリゲルの笑顔に、私は俄然勇気付けられた。
「うん、はんぶんこしよ!」
「それはナシで。自分の分は自分で食べましょうね」
が、リゲルは私の提案をすげなく却下した。
救いを求めるようにステファニを見るも、さっと目を逸らされた。親友達ですら、私の手料理はご遠慮願いたいらしい。
今だけは嘘でもでいいから、美味しそうって言ってよ……そんなに全力で嫌がらなくたっていいじゃないの……。
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