腐令嬢、女子トークす


 私には、カミノス様の魔法は効かないらしい。


 恐らく不死身になったのと同じ理由で、プルトナのダイエットによる精霊の加護のせいだと思われる。


 しかしカミノス様はそんなことも知らず、私をイリオスの側から遠退けようと躍起になって魔法を飛ばしまくっていたようだ。

 おかげで海から引き上げる時間になる頃には、立ち上がることもできなくなっていたよ。RPGなんかじゃMPとHPは別になってるけど、こっちの世界では一緒になってるんだって。魔力が高い人はそれほど体力を使わずに魔法を扱うことができて、それほどでもない者は大幅に消耗するって感じなんだそうな。


 てなわけで、カミノス様も今日のところはおとなしくしているだろうとイリオスは私に告げた。そして念の為、ステファニに訳を話して防御の魔法を施してくれると約束してくれた。

 魔法というものをこの上なく嫌悪しているステファニだけど、魔法に狙われているのだから諦めて魔法に守ってもらうしかない。


 代わりに、リゲルには私から伝えることにした。

 彼女は魔力こそ高いけれど、攻撃特化型だ。しかも魔法を使えることをひた隠しにしているため、普段は無防備である。でも意識が向いていないというだけで防御できないというわけではないので、私が注意を促せば自衛は可能だ。



「何というのか……恋敵がいると、いろいろと大変みたいですねぇ」



 リゲルの吐息が、微かに糸を揺らす。彼女の視線は細い指が摘んだその糸の先、岩場の隙間の海中にずっと注がれている。


 昼食後、予定通りに海釣りは行われた。

 釣りはボートで沖に行くグループと近くの堤防で釣りをするグループ、そして磯釣りグループと三組に分かれる。


 私はボート希望だったんだけど希望者が多かったし、リゲルの体調が心配だったので、彼女と同じ磯釣りに転向した。イリオスはステファニと共に堤防釣りに、お兄様とディアヴィティとペテルゲ様はボート組になった。

 まだ調子の戻らないロイオンと彼に付き添うデルフィン、ついでに魔法を使いすぎたせいで動けなくなったカミノス様も不参加だ。


 ゴツゴツした岩石海岸をうろついて、めぼしい場所に団子みたいな餌をつけた糸を垂らすっていうお手軽な釣りだけど、これはこれで楽しい。意外とすぐに魚がかかるから待ち時間はそんなに必要ないし、釣れなかったら別の場所にさっさと移動できるし、カニを追いかけたりウミウシを観察したりもできる。

 ボートに乗って沖に出て大物を釣り上げてみたかったけど、飽き性で忍耐力のない私には磯釣りの方が合ってるかもしれない。



「恋敵ってのは、どんな人でも面倒なもんでしょ。後で和解してスピンオフ要員になる魅力的な当て馬だって、攻めと受けがくっつくまでの本編では鬱陶しい存在だし」


「でもそういう奴がいるからこそ、燃えるんですよね。『俺じゃダメなのか……?』って迫る当て馬にも萌えるんですよね!」



 身悶えしつつも、リゲルは素早く糸を引き上げた。


 おー、またクロダイだよ。やっぱりゲームのヒロイン、引きの強さはイケメンだけじゃねーってか?



「リゲルちゃん、また釣れたのー!? すっごいなぁ、俺なんかイソギンチャクばっかりだよ……」



 背後にいたレオが、歓声を上げたかと思えばしょんぼりと項垂れる。


 いや、あんたのイソギンチャクの引きもすごいよ。この磯にいる全種類網羅しそうな勢いで、色とりどりのイソギンチャクをコレクションしてるじゃん。イソギンチャクフェロモンでも出してるのかな?



「うん、クロノ様にお礼をするために頑張ってるんだ。あたしを一生懸命助けてくださったんでしょう? お口に合うかわからないけど、今晩のお食事に差し入れさせていただこうと思ってるの」



 てへへとリゲルはほんのり頬を染めて答えた。


 途端にレオはガビーンという古典的な漫画の擬音が聞こえてきそうなショックフェイスとなり、側を歩いていたカニを鷲掴みにした私も固まった。


 まじかーー! その発想はなかったーー!!


 海釣りの成果は、生徒達の手で調理して今夜の夕食となる。ゲームではその手料理を送る相手を攻略対象から選ぶんだけど、まさかのクロノが候補になるとは。



「いいわね! だったら私も協力するわ! はい、このカニ、リゲルにあげる!」



 そう言って、私は手掴みしていたカニをリゲルのクーラーボックスに突っ込んだ。


 リゲルがクロノを選んでくれるなら、私にも都合が良い。だって奴はゲームには登場しない、攻略対象者外のキャラだ。よって好感度やらルート分岐云々をいちいち考える必要がない上に、ヒロインはシナリオから外れた行動をすることになる。



「わあ、ありがとうございますっ! クラティラスさんはイリオス様に手料理をプレゼントするんですよね? じゃあ、あたしもこのクロダイあげます!」



 そんな私の企みなどつゆ知らず、リゲルは素直に喜んで今釣り上げたばかりのクロダイを私のクーラーボックスに投げ入れてくれた。



「ありがとう、私も嬉しい! ねねね、味付けどうする? 王族って美味しい料理に慣れてるだろうから、刺激的な感じでいこうと思ってるんだけど」


「あっ、あたしも同じこと考えてました。クロノ様って、どのくらいの辛さまで耐えられるんでしょう? お野菜や調味料はどんなものが用意されるんだろ? ブラック・クラッシュ・ファイヤー・チリペッパーとアブソリュート・キラー・デスソースがあると助かるなあ」


「私は夏らしく、さっぱりとした酸味が爽やかな感じにしたいんだよねー。スーパー・スッパ・レモンとウルトラデラックス・サワービネガーがほしいわ。なかったらアズィムかイシメリアにお願いして、買いに行ってもらおう!」



 真っ白に燃え尽きているガビレオを置き去りに、私達はキャッキャウフフと今夜の料理について盛り上がった。


 そういえばリゲルとBL抜きでこんなふうに女子トークするのって、何気に初めてかもしれない。

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