腐令嬢、またやられる


「リゲルちゃん! 何で起きてくれないの!? 俺のことが嫌いなの!? リゲルちゃん、お願いだよ……起きて、目を開けてよぉ……!!」



 レオの泣き声に我に返った私は、ステファニをお兄様達に任せてすぐさまリゲルの方へと移動した。



「バカね、レオ! リゲルがあなたのことを嫌いなわけがないでしょう!? あなたがリゲルを理解していないだけよ!」


「だって……リゲルちゃ、俺……どうすればいいかわかんない、わかんないんだも……」



 両肩を掴んでたしなめても、レオはグスグス泣くばかりだ。ええい、甘ったれの泣き虫め!


 私はレオの顔をリゲルの耳元に押し付け、冷ややかに告げた。



「いいえ、あなたにはわかっているはずよ。今リゲルに必要なのは『萌え』だと。それも新鮮で、これまでに得たことのない新感覚の、ね。それを与えられるのはレオ、あなただけなの。リゲルが息を吹き返すには、あなたの力が必要なの。わかる?」



 押さえ付けた手の中で、レオの頭が小さく動いた。頷いたのだ。



「お……俺、昨日……ネフェロさんと、一緒のベッドで……ね、寝た! す、すごくいい匂いがして、妙にドキドキして、なかなか眠れなかった! 俺より年上なのに、お兄ちゃんって感じがしなくて……ええと、何ていうか、その…………守ってあげたいって、そんなふうに思ったっ!」


「何ですとーーーー!?」


 ぼびゅーーーー!!



 私の叫びに合わせて、リゲルの口から噴水みたいに海水が飛び出す。人工呼吸していたクロノは見事にその噴射を浴び、引っ繰り返った。



「レ、レオ……その話、もっと詳しく……詳しく聞かせて……えへっ、へへへ、ひひひひひ」



 金色の瞳を見開いたリゲルが、沼色に染まった笑顔を向けてレオに這い寄る。

 ロイオンが『リゲルさんの笑顔を見られなくなってもいいのか』言ってたけど、多分レオが見たかったリゲルの笑顔はコレジャナイ。


 軽く慄いたようだったけれど、レオはすぐにリゲルを抱き締めた。



「リゲルちゃん……リゲルちゃん、良かったぁぁぁ! リゲルちゃんが無事で良かったよぉぉぉ!!」



 さらにクロノもレオごとリゲルを抱き締め、泣いて無事を喜ぶ。


 クロノだって、ずっと不安で不安で堪らなかったんだよね。らしくもなく王子らしい振る舞いをして、泣き言も零さず無心でリゲルを救おうと頑張って……うん、今だけは泣いていいよ。誰が許さなくても、私が許す。第二王子のくせに情けないなんて言う奴がいたら、私がぶっ飛ばしてやる!



「…………クラティラスさん」



 ぽかんとするリゲルを挟み、恋敵であることも忘れて抱き合うレオとクロノの姿にもらい泣きしていたら、イリオスがそっと背後から囁いてきた。



「ツッコむ暇がなかったんで黙ってましたけど……その水着、何で着てきちゃったんですか……?」


「え?」



 言われて、私は自分の身を見た。


 着用してきたのはお母様のオショレ魂が燦然と輝く、昭和スター風半魚人コスみたいな水着だった――はずなのだが。



「ちょ、ええええ!? 何、何で、何ぞ、何じゃああああ!?」



 訳のわからない悲鳴を上げて、両腕で胸やら腰やらを覆い、私はその場にへたり込んだ。


 身につけていたのが何故か、大事なところしか隠れてない紐水着――そう、ゲームでミス着と呼ばれたあの装いになっていたからだ!



「クラティラス様がサマードレスを脱いだ瞬間、卒倒しそうになりましたわ。ダクティリ様がお選びになった水着が気に入らなくて、ご自分で用意なさったのでしょうけれど……やはり私には、最近の若者の流行りは理解しかねます」



 イシメリアが溜息を付き、再びタオルを着せかけ、私のあられもない格好を隠してくれた。


 違うし! こんなの自分で用意するわけないし! これならお母様の水着の方がまだマシだって、私も思うよ!


 クソ、またやられた……クヤシィデス・オジャンダの時と同じことをされたよ!!


 どうやら『世界の力』は、シナリオに沿ってリゲルとステファニの命の危機は回避してくださったようだ。しかし、ミス着に関してもゲーム通りに進めたかったらしい。


 リゲルとステファニについては、ラノベの世界へ誘導するために重要な役割を担う人物だから、ここで死なせるわけにはいかないと判断したのも理解できる。それを抜きにしても、救ってくれたことに心から感謝する。


 でもミス着はゲームの進行に全く関係ないでしょー!?

 何だって私を無駄に辱める必要があるんだよ! 世界のバカーー!!

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