腐令嬢、引っ掛ける
「口付けしたからといって何を喚く必要がある!? 命を失うことに比べれば、大したことじゃないだろうが! そんなことでぎゃあぎゃあ騒がれると、作業の邪魔なんだよ! リゲルさんの笑顔が二度と見られなくなってもいいのか!? キミはリゲルさんのことが好きなんだろ!? だったら、彼女を救おうとしているクロノ殿下を手伝え! それができないなら黙ってすっ込んでろ!」
レオはもちろん、私も呆気に取られた。ロイオンがこんなふうに怒鳴るなんて、初めて……ううん、二度目だ。
初めて激昂する彼を見たのは、中学二年生の時の夏。
当時、叶わぬ恋とコンプレックスの狭間にいた彼は、血を吐くより苦しげにやるせなさを叫んだ。そんな子どもじみた八つ当たりをした一方、好きな人に対しても臆さず、あなたは間違っていると声を張り上げて謝罪を迫った。
昔のロイオンはいつもおどおどして、影にひっそり潜んでいるような子だった。誰かを守れる強さがほしいと格闘を習い始めたけれど、今も私の蹴り一発であっさりダウンするほど弱い。
だけど彼の芯は、昔から変わらず……いや、さらに強く成長したようだ。
自ら救命処置に志願するだけでも、大きな勇気が要っただろう。それでもロイオンは迷わず挙手した。そしてお兄様にまで檄を飛ばしながら、必死になってステファニにマッサージをし続けている。交代しようと申し出る王国軍の者の声すら聞こえないらしく、マシンと化したかのように同じ動作を繰り返す。
頑張っているのは、ロイオン達だけじゃない。
デルフィンが他の生徒達に声をかけ、日傘を差し掛けたり、団扇で仰いだり水を浴びせたりして、救命処置する者を支援している。できることをやろうと、皆必死だ。
レオももう、わかっただろう。
ロイオンもデルフィンも、お兄様もクロノも、リゲルとステファニのことが大好きなんだって。何をしても、どんなことをしても、二人を救いたいと思っているんだって。
なのに……私は?
喚いてたレオと違って、静かにしていれば迷惑はかからない? 黙って見ているしかできないんだから、仕方ないって? 未来のことを考えればきっと助かるだろうと楽観視して、皆の頑張りを眺めてるだけ?
…………違うでしょ! 私にだってやれることはある!
居ても立っても居られなくなり、私はタオルを着せかけていたイシメリアの手から逃れて二人の元に滑り込んだ。
「クラティラス、何を……!?」
「クラティラスさん、どうしたの!?」
お兄様とロイオンが、突然現れた闖入者に揃って怪訝な目を向ける。
「邪魔はしないから、私にも手伝わせて。ステファニに声をかけてみるわ。彼女を助けるために、言葉の力も借りるのよ!」
二人に告げると、私はレオを見た。
「レオ、あなたはリゲルに声をかけて! 彼女に戻ってくるよう、懸命に呼びかけるのよ! 幼馴染なんだから、リゲルが喜びそうな言葉くらいわかるわよね!?」
ロイオンに叱られて声を殺して泣いていたレオは、私の言葉を聞くや、すぐさまリゲルの傍らに飛んできた。
クロノは一瞬、複雑な表情をしたけれど、黙って人工呼吸を続けた。
「ステファニ、早く起きて! とても良いエミ✕イリ✕エミを思い付いたの! あなたもきっと気に入るはずよ!」
耳元で呼びかけると、ピクリ、とステファニの指が動いた……ような気がした。だが、目は覚まさない。
どれだけステファニが強情を張ろうと、強制的に起こしてみせるわ! 言葉の力、ううん萌えの力でね!
「リゲルちゃん、起きて! 俺だよ、レオだよ! 起きたら俺ともチューしよう!? 百回、ううん千回だってしてあげる!」
レオも私を見習い、リゲルに大声で訴える。が、案の定、反応はないようだ。
違う、そうじゃないんだよ……あいつ、本当にわかってないなー!
「ステファニ、大変よ! あなたの推しのエミヤ様がこちらに現れたわ! どうやらそっちにはいないみたいよ? まあ、イリオスと並ぶと気持ち悪……じゃなくて、トッテモトートイワー!」
ピクピクと、今度は確かにステファニの指が動いた。お兄様とロイオンも今度は気付いたらしく、顔を見合わせて頷いたんだから間違いない。
しかし、少し離れた場所から様子を窺っていたイリオスはわざとらしいまでに嫌そうに顔を歪めた。
BLが大嫌いな上に前世の自分とカップリングされるなんて地獄の極みだろう。だけど嫌でもステファニの推しなんだから、今だけは我慢していただきたい!
この勢いに乗って、エミ✕イリ✕エミのエロBLを聞かせれば……と思ったけれど、それはさすがに無理だった。人目もあるし、何より私にとって最大の地雷カプなもので。
それにエロ抜きにしても、イリオスが登場するBL妄想を語るのはマズい。奴は一応あれでも王族なのだ。ここには王国軍の護衛もいる。
BL以外でステファニの気を引くとしたら……そうだ!
「ちょっと待って! イリオスってば、水着の下は丸裸よ! やだー、前も後ろも水着が丸見えじゃない!」
「えっ!?」
「ごばっ! げほっうえっ!?」
イリオスが慌てた声を上げるのと同時に、ステファニが水を吐いて目を開ける。
「クラ、クラティラス様? イリオス殿下は丸裸の丸見えになっているのですか? どこ、殿下はどこです!?」
咳き込みながらも、ステファニはお兄様とロイオンを跳ね飛ばす勢いで身を起こした。
「……僕なら、ここにいますよ。ステファニ、よくぞ無事で」
駆け寄ってきたイリオスは、生還した側近を優しい笑顔で迎えた。その前にさりげなく、私の頭にはこっそりと肘を食らわせてくれましたとも。
何すんだよ、いったいなー!
嘘ついたわけじゃないし、そっちが勝手に引っかかってビビっただけじゃん。水着の下は誰しも裸だし、水着の前後は丸見えだろうが!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます