腐令嬢、イラッシュバックす
臨海学習の一日目、午前の部は遠泳を含む海水浴タイムとなる。午後は船に乗っての海釣り、夜は釣ったお魚を自分達で調理してのバーベキュー、そして翌朝は漁港を見学して帰宅というスケジュールだ。
この臨海学習イベントは、ミニゲーム要素が盛り沢山だった。
中でも遠泳は難易度が高くて、一位を獲れたら好きな攻略対象を選んで好感度を上げられるというご褒美がある。そこには合宿に参加していないファルセやヴァリティタもちゃんと含まれていて、家に帰ると選択した方から『遠泳で大活躍したんだって? すごいじゃーん! 今度詳しくお話聞かせてね!』といった内容のお手紙が届く。なので二人を攻略したい人はもちろん、水着姿の攻略対象達の限定スチルも手に入れられるという美味しいイベントだ。
でも私、この遠泳のミニゲームがめちゃくちゃ苦手だったんだよな……アクションなら余裕なのに、何故か音ゲー方式だったんだもん。
何で泳ぐのに音ゲーなんだよ。何回やってもビリになって、その度にレオに慰められたっけ……。結局
「クラティラスさん、元気出してください。あたしがクラティラスさんの具合を悪くしたこの海相手に仇をとってやりますから!」
準備運動を終えて駆け寄ってきたリゲルが、ぐっと拳を握って宣言する。
いつもは下ろしている薄茶のボブヘアを小さな二つ縛りにしてて、はい可愛い。慌てて結んだのか、毛先がぴょんぴょん違う方向を向いてるのがまた可愛い。
そして控えめな胸と細い腰にぴったり沿った、華奢なボディラインを彩る水着も…………おい、可愛くねえぞ。
ゲームじゃ、濃紺のシンプルな水着だったよね?
ベースは同じだけど、何だって腹から胸から背中にまで『BL狂愛狂乱』やら『所詮この世は攻めと受け』やら『親の顔より見た濡れ場』やら『引き算不要、掛け算限定』やら、訳わかんない言葉を銀の糸で刺繍してきてるんだよ! 珍走団の特攻服みたいになってるじゃねーか!
「クラティラス様と泳ぐことができなくて、私も残念です。我々は冷たくて心地良い水に癒やされ……いえ、冷たく苛まれてまいりますので、どうかクラティラス様はこの炎天下で熱砂に焼かれてあたたまりながら休んでいてください」
そう告げたステファニは、口を開けたリアルなサメがデデンと描かれてるという奇抜な水着だった。しかも背中にはサメの背びれ、お尻部分にはサメの尾びれのオブジェ付きである。
泳ぐ皆を捕食する気か、お前は。
そろそろ出発だと号令がかかると、二人は私のもとから去っていった。
ねえ、あの二人の水着に比べたら、私の昭和スター風の半魚人的な水着なんて大したことなかったんじゃないかな……?
隣から日傘を差すイシメリアに恨みがましい目を向けると、彼女は苦笑いしつつ『砂浜は暑いし、足を浸して涼を取りましょう』と提案してくれた。具合が悪いから遠泳はお休みすると先生に言っちゃったわけだし、そのくらいしかできないよね。
遠泳はクラスごとの個人戦で、教師が乗ったボートを折り返してスタート地点でもある砂浜のゴールに戻った者が勝者となる。
残る生徒は砂浜で待機するのだが、応援ムードを促すために流された音楽が例の音ゲーの曲だった。
ああくそ、全然タイミングが合わせられなくてイライラした記憶を思い出してイライラする! イライラのイラッシュバックだよ!
「クラティラスさん、それは新しい肉体強化の特訓だべか? ボクもご一緒させてもよろしいでがす?」
打ち寄せる波を蹴っ飛ばして鬱憤を晴らしていると、後ろから声をかけられた。このクレイジーな口調は振り向いて確認するまでもない、デスリベだ。
特訓じゃないし、許可もしていないのに、デスリベは私の真似をして波にケンカを挑み始めた。
「そういえばデスリベって、ペテルゲ様と同じクラスなのよね? 何か萌えるエピソードとかないの?」
ここぞとばかりに、私はデスリベにマイ推しのデイリースタイルについて尋ねてみた。
「ペテルゲ様かいや? そうさなぁ、いつもたくさんの人に囲まれとんがね。何というのか、人団子の具みたいな状態やもんで、同じクラスでも喋るどころかまともに顔も見たことないぞいな。あんな感じで」
デスリベが指し示した方向を見ると、砂浜の一角にこんもりと人だかりができていた。
あの内側に、ペテルゲ様がいらっしゃるのだろう。確かにあれは人団子だわ。
「そ、れ、よ、り〜、クラティラスさんはカミノス様のことが気になるんじゃありません?」
いつの間にやら隣にデルフィンがいて、私は飛び上がりそうになった。
ちょっとぽっちゃりな体型が気になるから水着は苦手だと言っていた彼女だけれど、フリルのついたタンキニにパレオを巻いたスタイルで、肉感的なボディを健康美溢れるセクシーな雰囲気に仕上げている。さすがはデルフィン、自分の魅力を最大限に引き出す術にも長けているわ。私も水着はデルフィンに選んでもらえば良かった。
デルフィンは流行に敏感で、情報通なのである。
わざわざ今、私の元へやってきたのは、きっと収集した丸秘カミノス情報を教えるためだろう。
「まあ気になるといえば気になるかな。今日の水着も素敵よね、やっぱり特注品なのかしら?」
「ええ、あれはお高いですよ。軽く見積もっただけでも、軽く五十万ゴールズは超えてますね」
ひそひそ声でデルフィンが明かした金額に、私はぶったまげた。
カミノス様がお召しになっているのは、ウエスト部分が大胆にカットされたモノキニ。レッドの光沢ある生地に、ブラックのラインストーンが散りばめられている。
デルフィンの見立てによると、ラインストーンは恐らく全て本物の宝石だろうとのこと。ついでに胸に極厚のパッドを入れていることも、ボディラインを美しく見せるために足や腕にこっそりハイライトとシェーディングのファンデーションを仕込んでいることもデルフィンは見抜いていた。
女ってすごい。女って怖い。
「元々お美しい方だけど、より美しく見せたいんでしょうね。見てほしかったお相手には、褒めてもらえたのかしら?」
「イリオス様は全く興味なさそうでしたよ。むしろ、見るのも嫌だって顔をされてました。イリオス様はずっとクラティラスさん一筋なんだから、早く諦めたらいいのに……イリオス様が泳いでいる姿をずっと睨んでるあの顔、見てくださいよ。美人でも怖いったらないわ」
デルフィンの言葉に釣られ、私はカミノス様を見た。
護衛達にパラソルを差し掛けられ、団扇で仰いでもらいながら、彼女はひどく厳しい表情で海上のイリオスを見ていた。
イリオスは現在トップ、その後ろにリゲルとステファニがぴったり付き、やや距離を置いてお兄様、クロノ、ディアヴィティが続いている。青い海原に揺られ、寄り添っては離れをのんびり繰り返す皆の頭は、水面に咲く花みたいだった。その姿にレースの緊迫感はなく、穏やかに凪いだ波と同じく和やかな雰囲気だ。
実際談笑しながら泳いでいるようで、時折先頭のイリオスが振り向き、背後の皆に声をかけているらしい様が窺えた。
「リッゲッルっちゃああああん! がぁぁんぶぁぁるぇぇぇえ……え?」
突然、ずっとリゲルに熱いエールを送り続けていたレオの音声が止まった。私も思わず立ち上がる。
ボートを折り返して少し進んだところで、リゲルとステファニの姿が波間から消えたのだ!
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