腐令嬢、一人地獄る


「わあ、海だ!」

「海ですね海ですね海ですねっ!」

「ええ、海です。とてつもなく海です」



 バスの窓に映る景色を見て叫んだ私に続き、リゲルとステファニも感嘆の声を上げる。ステファニは口調こそ冷静だったけれど、水中ゴーグルを既に頭に装備済というゴキゲンスタイルだ。どんだけ浮かれてんだよ、こいつ。


 三人共、海を訪れるのは初めてじゃない。なのにどうして海を見ると、テンションが上がって『海だ!』と叫びたくなるのだろう。まあ海に限らず、山を見ても『山だ!』と叫ぶと思うけど。


 そんなことはどうでも良き良き。海だ、海です、海ですわよ!


 アステリア王国の南部は、第二居住区との境界に防砂林が植えられ、そこから向こうは国有地となる。ケノファニ共和国と接する西側は山間部から切り立つ断崖という地形だけど、東へ向かうにつれてなだらかになり、アステリア王国中央部からプラニティ公国にかけては穏やかな砂浜が続いている。また西部は人工河川が作られたり港が作られたりしているせいで海水関連事業を担う施設が多く、東部には娯楽用の施設が多い。


 私達が滞在するのは、やや西寄りの岩石海岸と砂浜海岸がちょうど交わる場所。そんなわけで宿泊施設も、東側に比べると実用性重視で外観も地味だ。


 しかしアステリア学園が『家柄関係なく学力至上主義』を方針に掲げているとはいえ、貴族と庶民をまとめて一緒に一泊させることはできない。学校内では監視カメラが設置されているけれども、外部では何か起こるかわからないし、おまけに我らのクラスには王子様が二匹もいらっしゃる。

 なので宿泊施設はランク分けされて別々の建物に、また二爵以上の生徒は召使と護衛の同伴が必須となる――のだけれども。



「海を見ると、プロポーズされた時のことを思い出すわね。夕暮れの海で、アズィムが砂浜に跪いた時は何事かと驚いて、私ってばひっくり返っちゃったのよね」


「ああ、私もよく覚えている。あの時の君もチャーミングだった。ああ、イシメリア……改めてもう一度言おう。この海よりも空よりも、君の方が素敵だ」



 大きな身を揺らしてイシメリアがうっとりとため息をつけば、その三分の一くらいしかない体で彼女を抱き寄せたアズィムが片眼鏡の奥から熱視線を送る。お揃いの派手な柄シャツでペアルックをキメるという、ステファニ以上のゴキゲンスタイルだ。


 はーい、このようにレヴァンタ家からは執事のアズィムと私の世話係のイシメリアが参戦でーす。私とお兄様が到着したことにも気付かず、まだイチャついてまーす。お前らの新婚リバイバル旅行じゃねーんだぞと誰か突っ込んでやってくださーい。


 お兄様と引き攣り顔で眺めること数分、二人はやっと我々の存在に気付き、慌ただしくお出迎えの姿勢を取った。


 さて、今回の臨海学校は六つある一年生のクラスを半分に分けて行われる。一クラスは男女比ほぼ半々の二十人、なので参加人数はおよそ六十人だ。そして半分以上となる四十人強が庶民、残る二十人弱が貴族という割合なのだが、その二十人弱の扱いがややこしい。

 庶民達はまとめて皆同じ宿舎に、しかし貴族は家柄ランクに応じてそれぞれ別の建物があてられる。さらに男女も別々にしなくてはならないから、複数の宿泊施設が必要となるのだ。


 ゲームじゃアハハオホホと攻略対象の普段見られない一面を楽しむだけのイベントだったけれど、裏舞台はこんな面倒臭いことになってたんだね……そりゃ同じところに泊まってるレオとの遭遇率が高くなるわけだわ。


 レオがどれだけまとわりついて来たっていいから、代わってほしい。何なら羨ましいくらいだ。


 庶民達は王国が教育目的で作ったという民宿風の建物、貴族達は四爵と五爵、二爵と三爵と振り分けられてホテルっぽい佇まいの建物に割り当てられている。


 で、一爵はというと。



「クラティラス、この機会に必ずや私もイリオス殿下を虜にしてみせるからな? 朗報を期待していてくれ!」



 お兄様は笑顔で私の肩を叩くと、アズィムと共に嬉しそうな足取りで駆けていった。



「……ペテルゲ様、どうか兄をよろしくお願いします」


「あ、ああ……イリオスはいろいろなところでモテているようだな? ちょうどいい機会だし、ヴァリティタ様と親交を深める方向で何とかカバーしてみるよ……」



 側で我々のやり取りを見ていたペテルゲ様は静かに頷き、従者達を促してお兄様の後を追った。今回の臨海学校では、ペテルゲ様のクラスとも一緒なのである。


 おわかりいただけただろうが、一爵は王族と同じところで宿泊する。なのでお兄様は、イリオスとクロノ、そしてペテルゲ様と一夜を共にするのだ。


 その言い方は語弊があるとか誤解を招くとか、萌える一夜になりそうですわね! っていうのはさておいて――問題は女子側よ。


 我々が泊まる施設は、外観こそシンプルなビジネスホテルといった感じだけれど、しかし壁から窓に至るまで強度に拘り、安全面の配慮がこれでもかと凝らされているという。

 昔は海にも魔物が現れることがあって、その名残でこんなにも頑健仕様なんだとか。

 けれど嵐でも安心だし、何かと外敵に狙われやすい海外からの高官達に人気で、彼らが視察に来訪した時にはよく利用されるんだそうな。


 そのため内部は味気ない外側を裏切り、なかなかにゴージャスな装飾となっている。お兄様達と別棟になる建物に足を踏み入れた瞬間、私は大きく溜息を吐いた。内装に感激したのではなく、耳に入ってきた金切り声のせいだ。



「信じられないわ! こんなところで寝泊まりしろというの? わたくしを誰だと思っているの、バカにするにも程がありますわ!」



 非公式私設イリオスファンクラブ代表、カミノス様である。


 信じられないわ! と言いたいのは私の方だ。

 私のクラスとペテルゲ様のクラス、そしてカミノス様のクラスと臨海学校グループが一緒になるなんてね……天国と地獄かよ。


 おまけに三クラスで一爵令嬢は私のみ。つまり、私だけがカミノス様と同じ場所で宿泊せねばならないのだ。


 何この罰ゲーム、早くもうんざりなんだけど。

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