クレイジー・ワルキューレ・イン・ザ・シー

腐令嬢、諦める


 そしてやって来たるは、七月。


 アステリア学園における七月最初のイベントといったら、中等部でもお馴染みだった課外授業だ。しかし高等部では中等部のような遠足感覚のものと違い、一泊二日で行われるのでプチ修学旅行的な扱いとなる。


 もちろん、ゲームでもこのイベントはあった。


 同学年の攻略対象者達を狙う人は、気になる相手の好感度を上げたり限定スチルを入手したりできるのでかなり嬉しいチャンスだ。けれど他の学年のファルセとヴァリティタを攻略したい人にとっては、他の奴らの好感度を無闇に上げてルートを開かないように気を付けなくてはならない。

 私もあの二人を攻略する時は、同学年メンバーのステータスチェックに神経を削るばかりで、イベントを楽しむどころじゃなかったよ。一人で行動しようとしてもレオが目敏く見付けてくっついてくるから、奴のルートに進むことが多かったっけ……ファルセ推しとヴァリティタ推しの人には、レオ避けが最大の難関だったよね。


 高等部一年生では、アステリア王国の南側にある海の施設に行き、そこで遊んだり学んだり遊んだり遊んだりする。俗に言う、臨海学校というやつだ。


 海だよ、海! 授業という名目で海遊びできちゃうんだよ、イエイ!



「クラティラスさん……そんなに浮かれてて大丈夫ですか?」



 一大イベントを前に、旧音楽室で作戦会議を開いたのだが、イリオスがピアノを奏でる手を止めて不安げな表情で尋ねてきた。



「心配しなくたって溺れないよ。だって私、泳ぎは得意だし!」



 クロールするように腕を回転させて踊りながら、私は笑顔で答えた。



「泳ぎの問題じゃなくて……悪役令嬢クラティラス・レヴァンタがどんなことをしたか、覚えてます?」



 クラティラスのテーマ――タイトルは『クレイジー・ワルキューレ』というそうで通称イジワルって呼ばれてるんだって、まんまやんけもっと捻れやしばくぞ――を弾き、イリオスは私の記憶の想起を促した。



「恒例の如く、リゲルに意地悪しまくってたんじゃなかったっけ? 海でもやらかして……んああ!?」



 奇声を発し、私は一気に血の気の引いた顔でイリオスを見た。



「思い出しましたか……で、大丈夫そうですか……?」



 イリオスに尋ねられたけど、ぶんぶん首を横に振るしかできなかった。



「お母様が、今日買ってくるって…………心配だったからイシメリアにも付いてってくれるよう頼んだんだけど、きっと間違いなくアレだよ! どどどどうしよう!?」



 床にへたり込み、私は頭を抱えた。


 どうしてあの衝撃シーンを忘れていたのか!


 クラティラスは入学して早々、リゲルにイリオスの婚約者だと宣言し、そこからちまちまと嫌がらせを開始する。しかし普段はわざとぶつかって謝らせたり、聞こえるように悪口を言ったりする程度だ。


 クラティラスの悪役令嬢っぷりが炸裂するのは、大体大きなイベント。この海イベントも例外じゃない。


 海イベントではまだ知り合って間もないというのもあって、リゲルに対して意地悪以上に強く牽制を仕掛ける。

 いかに自分の方が素晴らしいかを誇示し、婚約者であるイリオスへも熱烈にアピールしてみせるのだ――――とんでもなく際どい水着で!



『あなたを最大限に輝かせる、至極の水着を手に入れてくるわ。期待して待っていなさい!』



 登校前の私に向けて、お母様が力強く放った言葉が蘇る。


 オシャレを飛び越えすぎて時代が全速力で駆けても追い付けないオショレなお母様のことだ、あの大事な部分しか隠れてないほぼ紐みたいな水着を買ってくる可能性は特大。


 貴族の令嬢があられもなく肌を晒すなんて普通はありえないから、なんてツッコミは無意味だ。だってゲームですから。ファンタジーですから。ありえないこともありえちゃう世界ですから!



「と、とにかく『ミス着』だけは、何とか着ないようにお願いしますよ? あの衣装は、本当にいろいろと可哀想でしたから……スチルにまでされて、クラティラス嬢が晒し者にされているようで不憫でいたたまれなくなりましたよ」



 イリオスが悲しげに俯く。


 うんうん、何故か背景違いもあったよね。昼の砂浜バージョンと星空の海バージョン、加えて謎の海底バージョンもあったよね。

 おかげでクラティラスはエロ同人でもたまに見かけたよね。タコに触手攻めされたりとか、クラーケンに触手攻めされたりとか、オルトロスに触手攻めされたりとか、とにかく海の生物による触手系との絡みが多かったのはあの水着のせいだよね。



「わ、わかった。当日は水着を家に置いて、見学に準じる……」



 泣く泣く私は海で泳ぐことを断念した。


 大事なところしか隠れてない『ミス着』なんてあだ名で呼ばれてた紐水着で、片手は髪ファッサー、もう片方の手は腰に当てて仰け反るようにして笑うクラティラスの姿を思い出すと、この決定はやむを得まい。皆の心に、あの恥ずかしいスチルをメモリアルの一枚として残したくない。


 ああ、私も皆と泳ぎたかったなぁ。グッバイ、海水浴。

 確か海釣りもするらしいから、それを楽しみに頑張ろう……クソ、何で私はクラティラスになんか転生したんだ!? 今ほどクラティラスであることを悔やんだことはないわ!





◇◇◇


本日、『悪役腐令嬢様とお呼び!』投稿開始から三年目を迎えました。


こんなにも長く続けられたのは、ずっと応援してくださった皆様のおかげです。


いつも本当に本当にありがとうございます!!


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