腐令嬢、追い抜かれる


 私とリゲルが何度説明しても、レオは『どうして男同士でなくてはならないのか』『男と女でいいじゃないか』と返すばかりで、BLに魅力を見出だせずにいた。リゲルもレオにBLは合わないのではないかと考えたようで、彼に無理してこの部にい続ける必要はないと伝えていたという。


 それでもレオは、大好きなリゲルがBLなるものに夢中になる理由を知りたかったんだろう。できれば自分も好きになって一緒に楽しみたいと考えて、紅薔薇支部に留まり続けたようだ。


 そんな彼を見兼ねて、声をかけたのがリコだ。


 リコも最初からBLが好きだったわけじゃない。好きな男子が二人いて、自分も彼らの輪に入りたい、でも親友同士仲良くする彼らを見守る存在にもなりたいというなかなかに拗れた想いに悩んで、紅薔薇の門を叩いたのがきっかけだ。


 リコはまず、レオに好きな人はいるかと尋ねた。

 彼がリゲル一筋なのは誰の目にも明らかだったけれど、敢えてここでしっかり確認することが大切なんだそうな。


 リコ曰く『次のステップに進むためには、本人にも自分の気持ちを再確認してもらわなくてはならないから』とのことで。


 レオにリゲルのことがどれだけ好きかを語らせたところで、リコは次なるステップとやらに駒を進めた。



『じゃあリゲルさんが、実は人間じゃなくて人外生物だったらどうする? 仮に彼女が事故か何かで亡くなって、Gの姿に生まれ変わってあなたに会いに来ても好きでいられる?』



 リコの問いかけに、レオは迷わず頷いた。

 リゲルが人外だろうと虫に生まれ変わろうと、たとえアゲアゲチキンの廃棄油になろうとも、彼女への想いは変わらない、と。


 それを聞いて、リコは笑顔で彼にこう告げたそうだ。



『男女という枠を越えて相手を愛する気持ち、あなたにならわかると思っていたわ。そういった愛を端的に示すと同時に、ぎっしりと凝縮されているのがBLなのよ! 男同士の恋愛を通して、我々が人生でぶつかる制限や障害を乗り越える術が描かれているのよ!』



 うん、ものっすごいうまいこと言って丸め込んだよね。さすがはリコや。余りある賢さを湯水のように無遣いしまくる、恐ろしい子や。


 とにかく、リコのおかげで素直なレオは開眼した。



 BLとは、ただ男同士の恋愛を題材にした物語じゃない。その中に、人生における深い教訓が込められているんだ!


 ――――いいえ、違います。込められているのは、萌えです。



 昔から創作の才能に溢れていた幼馴染は己の思いを詩で発信していたけれど、それでは物足りなくなってこのBLというものの奥深さにハマっていったのか!


 ――――いいえ、逆です。リゲルはBLにハマったせいで、詩だけでは伝えきれない思いを募らせて小説まで書くようになったんです。



 そして、この手法を初等部で広げ始めたクラティラス・レヴァンタ、彼女はきっと天才に違いない!


 ――――勝手に尊敬してくれてありがとう。でも男同士がイチャつく姿を妄想して萌え滾ってるだけなんで、大賢者みたいな扱いしなくていいよ。



 こんな感じで騙され……おっと違う、勘違いを重ねたレオは夢妄想も拗らせているリコから手解きを受けて、リゲルの男体化リゲルグと自分の理想を投影した『レオン』なるキャラのカプ妄想で萌えを覚え始めている。


 馴れ合いは嫌いなタイプのはずなのに、どうしてこんなにもレオに親身になってくれたの? とリコに尋ねてみたら、



「彼、私と同じだったからね。うまくいかない現実の恋に焦れて、卑屈になりかけてた。楽しそうに皆と萌え語りするリゲルさんを眩しげに見つめてて、彼の表情からやっぱり自分なんか……って声が聞こえた気がして、放っておけなかったのよ。私にお節介を焼いた誰かさんと同じね」



 そう答えて、以前はコンプレックスだったという細い目をさらに細めて彼女は柔らかく笑った。


 レオがBLを楽しめるようになって、私も嬉しい。彼にイラストを描いてほしいと言われた時は、密かに感極まって涙が出そうになった。


 でもさぁ……レオンの盛りすぎ設定だけはどうにかならないものかなぁ?

 賢くて強くて優しくてお金持ちってとこまではわかる。私もスパダリになりたいって願望はあるもの。そこはいいとして、レオンの外見設定が顔はそこらの女の子より可愛いレオのまんまで、体はムキムキのマッチョって……どう頑張ってもギャグなんですが。


 レオのためにと必死に奮闘して、何とかいにしえのスーパー攻め様みたいな肩幅激広のハンガー埋め込み体型のレオンを描き上げたけど、コレジャナイ! って秒でボツにされたよ。

 ところが、側で話を聞いていたイェラノがレオの要望に沿ったレオンをリアル路線で描いてくれたの。するとレオはそれを見て『俺が求めていたレオンはこれだ!』って感動して、イェラノのレオンが即採用されましたとさ。


 でもリゲルグは私が描いた方が好みだそうなので、レオの推しカプ絵は攻め受け左右がそれぞれ別絵師っていう摩訶不思議なことになった。


 くっ……ついにイェラノに追い抜かれてしまったわ。だってイェラノの描く筋肉、本当にすごいもん。立体感だけじゃなくて、肌から放たれる熱い体温まで感じるんだよね。

 聞けばイェラノは弟君が王国軍所属のマッチョだそうで、よくモデルになってもらって筋肉描写の練習をしてるんだとか。私もいつかお会いさせていただきたいわ!


 とまあこんな感じで、部活での悩みも解消の方向に向かった。



 あと気になるのは、カミノス様の件だ。


 イリオス達とピアノバトルしたという翌週から、カミノス様は再び登校し始めた。けれどこれまでの暴君っぷりが嘘だったかのように、おとなしくなさっている。


 心を入れ替えたならいいけれど、あの方は素直に諦めるタイプじゃないと思うんだよね。嵐の前の静けさって言葉もあるし、悪役令嬢の座を奪われないように用心せねば。


 そして六月も下旬に差し掛かった頃、最高に嬉しいニュースが飛び込んできた。アフェルナが無事出産したのである!


 性別は男の子。王太子の第一子となる新たな王子の誕生に、アステリア王国は歓喜に湧いた。


 初産のため時間はかかったものの、母子共に健康らしい。お披露目はまだ先になるけれどとても可愛い子で、父となったディアス殿下はもちろん、初孫に国王陛下も王妃陛下もメロメロになっている――と、イリオスが教えてくれた。


 あー、そうそう。あれから毎日お菓子を作って、イリオスに献上してるよ。放課後に手渡して、持ち帰って食べてもらうのがルーティンになってるの。


 面倒になって、チョコ溶かして固めるだけっていう手抜きに走ったことがあったんだけど、すぐバレたよね……『味が普通すぎた、クラティラスさんらしい狂気的な刺激がないと毒見係もガッカリしていた』って。毒見係さんまで不平を零すようになるなんて、私ってば罪なお菓子を作ったもんだわね。


 そんなだから、すんごく怠くても一手間は加えるようにしている。


 一番喜んでたのは、プリンだったかな?


 なめらか派か固め派か、どっちが好みかわからなかったから二種類作ったんだ。片方はほぼ液体で、一部ゲル状になってた。固めの方はとことん固くしようと、低温でじっくり焼いてしっかり水分を飛ばした。何かプリンというよりスライムと堅パンみたいだったけど、私がプリンと言うんだからプリンだ。

 時間をかけて作った甲斐あって、イリオスは食べながら久々に号泣したらしい。

 どんな味だったのかと聞いてみたら、ゲル液の方は口が窄まるほど酸っぱくて、岩石風の方は口から火を吹くほど辛かったそうな。何を入れたんだっけ? でも砂糖を入れた記憶は確かにないや……。


 毒見係は何人か具合が悪くなったらしいけど、イリオス曰く『自分はピンピンしてるから問題ない、単に胃腸が弱いタイプだったんだろう』とのこと。だから今は私のお菓子に耐えうる強靭な胃腸を誇る者だけに、毒見させてるんだって。

 ここまでくると、毒見する意味あるんだろうか? ってなるよね。


 とまあこんな感じで、イリオスは毎日私のお菓子を楽しみにしてくれている。毒見係の方々にも何だかんだで期待されてるみたいし、作り続けるしかないじゃないの。言い出しっぺは私だしなー。


 いろんな人にレシピを教わってレパートリーを増やし、すっかり手作りお菓子女子となったところで六月は終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る