腐令嬢、好きになる


 翌日からはほとんど晴れることなく、じっとりとした雨の降る日が続いた。


 なのにリゲルは何故か、毎日のように雨具を忘れる。そして帰りになると、彼女を待ち構えていたかのように昇降口に攻略対象者達が全員集合する。まあね、ゲームのイベントだから仕方ない。


 でもさ……ゲームしてる時は何とも思わなかったけど、リアルで起こると本当に異様な状況だよね。相合傘する相手をイケメンの中からエブリデイ選び放題なんて、普通じゃありえないもん。乙女ゲーファンタジーってやつよね。


 とはいえ、ここはそんなファンタジーの世界だ。なので私はいちいち皆に突っ込むことはせず、群がる他の攻略対象者を粛々と散らし、代わりにリゲルを送る相手となった。


 迎えの車までは二人で相合傘をして、校庭に咲く紫陽花を眺めながらBL話で盛り上がる。一つの傘の下、リゲルの笑顔を私が独り占めだ。

 二人きりになったところでこんな可愛い顔を見せられたら、誰だって好感度爆上がりするよね……嬉々として話してるのは、えげつないエロBLについてだけど。さすがに一日百人の攻めを相手にしたら、いくら淫乱受けちゃんでもおしりが摩擦熱で燃えて爆発しちゃいますよ。


 とにかく、ヒロインに攻略対象者達の好感度上げなんてさせてやらないわ! このイベントを制するのは、悪役令嬢クラティラス・レヴァンタよ!


 しかし、車に乗るのは私達二人だけではない。お兄様とレオも一緒だ。


 お兄様ももうレオが男だとわかっているけれど、彼に対しては牽制しない。

 何故なら、先にレオの方から『リゲルちゃんに近付いたらガブガブ噛むからね! こう見えて俺の顎、外れやすいんだからね! うまく嵌め込めるのはリゲルちゃんだけなんだからね! だからリゲルちゃんを横取りしないでよね!』といろいろとツッコミどころ満載な宣告を受けたためだ。

 お兄様は『ならばそっちもクラティラスに恋愛感情を抱くな。懸想するな。誘惑するな。イリオス殿下に対しても同様だ。我々三人で築き上げる予定の愛の輪に入ろうとするな』とこれまた意味不明なことを返し、互いに不可侵協定を結んだんだって。

 それからたまに二人でランチしたり、一緒の授業になった時は隣同士で座ったりして、仲良く恋バナ? いや変バナ? に花を咲かせてるみたい。


 私としてはヴァリ✕レオでいきたいけれど王道過ぎるから、レオ✕ヴァリのシチュも考えていきたいところだな……ってなわけで、そこで登場するのがネフェロですよ。


 リゲルとレオを送るのは、商都の噴水広場まで。そこからは私とお兄様も車を降りて、女二人男二人の相合傘……プラス背後にレヴァンタ家の護衛を伴って『おいしいアゲアゲチキンならここですよ』、略して『おしンこ』なるちょっと惜しい感じの名で呼ばれているレオのお店に行く。

 レオのお母さんには、私とお兄様が一爵家の者だと打ち明けた。だけど彼女は全く態度を変えることなく、今日も明るく豪快な笑顔で私達を迎えてくれた。


 半屋台の奥では、ネフェロがフライヤー相手に格闘している。少しずつ慣れてきたみたいだけど、まだ手付きは危なっかしい。すると見ていられなくなったレオが店に飛び込んで手伝う。


 ここ、本当に萌えるんだよねー! 普段は意地っ張りでヤンチャな弟が、文句言いながらも頼りないお兄さんをつい支えちゃうって感じで。


 ところがこれだけじゃないのよ。さらなる萌えポインツがこの後に待ってるのであーる!


 二人で作ったアゲアゲチキンを食べてお兄様が褒め言葉を口にすると、ネフェロはほんのり頬を紅潮させて喜ぶの。でもレオは軽くむくれた表情で、こんなんじゃまだまだだぜってダメ出しするの。しょげるネフェロをお兄様が慰めると、レオがますます不機嫌になるの。で、お兄様にレオが突っかかって、それをネフェロが慌てて止めるの。


 この三人の関係性、すっごく良くない!?


 ベースはヴァリ✕ネフェ、そこにレオ✕ネフェ、ヴァリ✕レオ、レオ✕ヴァリ、ネフェ✕レオと様々なカプ要素が加わって、萌えと尊みの宝庫になっちゃうんだよーー!!



「クラティラスさん……ヨダレ垂れてますよ」


「リゲル……あなたもよ」



 店の前に設置されたパラソル付きのイートスペースから軒下で騒ぐ三人を眺めながら、私とリゲルは手を握り合って萌えのスパイスでより美味しくなったアゲチキを噛み締めた。


 湿度が高くて不快だし髪は膨らむし、水溜りの跳ねで靴の中まで濡れたりソックスが汚れたり、梅雨なんて大嫌いだったけど――おかげで、雨の日が好きになりそうだ。



 好きになりそうというと、レオである。


 四月からずっと部活に馴染めなかった彼だが、最近になって急激にBLに興味を示し始めた。


 功労者は、リゲル……ではなく、何とリコだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る