腐令嬢、他サゲす
カミノス様から夕食の招待を受けている――それを聞くや、イリオスはついに来たかと覚悟を決めた。カミノス様が学校に来ていないのは、自分のせいだと理解していたからだ。
さらにペテルゲ様の訴えが届き、皇帝陛下から注意を受けたとも思われる。というのも、その夕食会にはペテルゲ様も同席されるとの旨が伝えられたためだ。
二人が協力し合って皇帝陛下に密告したんじゃないかと詰問され、お前らまとめてないことないこと吹聴して叩き潰したると脅されるかもしれないが、元は自分のせいなのだからきっちり受け止めねばと悲壮な決意を胸に、イリオスは指定の時刻に王宮内の別邸へと足を運んだ。
カミノス様達が暮らす別邸は、王宮の北側にある。その側には王国軍の本拠地があり、王宮内で最も安全な場所と言えるらしい。
よって世界のVIPを迎える時によく使用されるそうで、外観はシンプルながら内部は非常に豪奢なんだとか。
その最上階の部屋にて、大きな窓から北の森を見渡すという絶景の中、夕食会は開始した。
さてカミノス様はというと、あの日の出来事がまるでなかったかのように全くお変わりなかった。イリオスがやって来ると笑顔で出迎え、好き好きオーラ全開にしてターボかけたような勢いで抱き着いてきた。少し遅れて現れたペテルゲ様が、救いの神にすら見えたという。
お料理はどれもゴージャスだったが、とても食事を楽しむ空気ではなかった。
カミノス様は皇帝陛下に叱られた件をグチグチ垂れ、ペテルゲ様には『こっそりチクるなんて最低の行為だわ! 絶許!』とネチネチ言い、イリオスには『迷惑だなんて思ってないよね? 素直になっちゃえよ!』とグイグイ迫り、一人でKY地獄を生み出し続けた。
しかしここで黙っていては、彼女の思惑に流されてまた元通りになってしまう。
イリオスはペテルゲ様と目配せし合い、揃ってカミノス様に異議を唱えた。
『はぁ〜? どっちが最低なのかな〜? 特に気に入られてもない俺の意見が聞き入れられたってことは、そっちの方が最低だったっていう証じゃないの〜? 絶許で結構、許してくださいなんて口が裂けても言いませんし〜?』
と、ペテルゲ様が煽れば、
『迷惑だなんて思ってないわけないでしょう。わかりました、素直に言います。迷惑です、以上!』
と、イリオスも言い返す。
まさか反撃を食らうとは思ってもいなかったようで、カミノス様はたちまちおブチ切れなされた。
『一人じゃ何もできないバカ兄の分際で、わたくしを最低呼ばわりするとはいい度胸じゃないの! イリオス、あなたはあの女に騙されているだけよ! あの女、初対面から人を小バカにした態度を取ってくるわ、学校でわたくしがイリオスと話していたらわざとらしく泣き真似をするわで、根性がひね曲がっているじゃないの! どうしてあの性格の悪さが滲み出た顔を見てわからないのよ!? あの女は間違いなく悪女だわ!』
――イリオスから話を聞いて、私は軽く泣きたくなった。
泣き真似は誤解として、初対面で披露した蝶の舞は私にとっては最大のおもてなしだったのにな……。根性がひね曲がってるとか性格悪い顔してるとか、そこは本当だから認める。おまいう案件だが、否定はしない。
でも自分、一言だけいいっすか?
悪女じゃなくて悪役令嬢と呼べ、バカ女!
「そこから話題は炎上」
ポロン。
「しかし、どちらも引き下がらず」
ポロロン。
「カミノス様が二対一では分が悪いと悟り」
ポロロン、ポロロロン。
「自身がお得意である、ピアノで決着をつけようということになったのです!」
ダダァァァーン!!
ここで鍵盤を大きく叩き、イリオスはドヤ顔を決めた。
語りながらピアノで効果音を入れてくるな。いちいちウザい。どんだけピアノ弾けることが嬉しいんだよ……そろそろ呆れを突き抜けて、微笑ましくなってきたわ。
カミノス様はピアノに絶大なる自信があったそうで、即興のワンフレーズから三人でリレー式で曲を作っていくというバトルを申し出てきたが、イリオスがぐうの音も出ないくらいこてんぱんにしたんだって。
「ピアノを触るなんて初めてでしたから、もう気持ちとしては、
輝夜はあとと鏡水せいらは、魔法少女系アニメ『マジカルサムライっ
そして今、江宮がどうだとばかりに弾いている曲は、キュンプリ一期のオープニング『まじまじキュンキュン狂想曲』だ。
聞けば覚えている音楽だけじゃなくて、悲しい感じとか楽しい感じとか想像するだけでも曲が弾けるんだって。それでカミノス様が物悲しい曲調にしようとするのを、わざと明るい雰囲気にアレンジし返し続けたんだって。
最終的にはあのカミノス様が悔し涙を目にいっぱいに溜めて負けを認め、二人の言い分を飲んだっていうから、これでもかってくらい徹底的にやったんだろう。江宮って、情け容赦ないからなー。
「ふーん、そんなバトルがあったのね。私もちょっと聞いてみたかったかも」
ぼそりと漏らすと、まじキュン狂想曲が停止した。続いて奏でられたのは、やたらめったらノリの良い曲。
何だこれ、楽しい。聞いてるだけで、アガるんだけど。
「昨日のバトルでできた曲です。その……
イリオスがチラリと赤い瞳を向ける。これまでと違って、その目は何故か少し不安げだった。
「すっごい好きな感じだよ! 歌い出したくなるっていうか、踊り出したくなるっていうか、曲調もモロ私好み! えーこれ、即興で終わらせるのもったいなくない? せっかくなら流行らせようよ!」
するとイリオスは手を止めて、足元に置いていたバッグから何やら筒のようなものを取り出した。
「気に入ってくれたなら、この曲は大神さんにあげますよ」
筒を開いてみると、中から出てきたのは手書きの楽譜だった。曲のタイトルを見て顔を上げた私に、イリオスはしどろもどろに説明した。
「いやそれは、まあ、アレですよ。明るい曲を考えようとしてイメージに浮かんだのが、大神さん……しか、なかった、というか」
申し訳なさそうとも恥ずかしそうとも受け取れる微妙な表情を浮かべるイリオスと『大いなる神との戯れ』と題された楽譜を、私は交互に見やった。
つまりこれは、私をイメージした曲ってこと? 私の、私のための曲を作ってくれたの……?
「ありがとー! めちゃくちゃ嬉しい!!」
楽譜を抱き締め、私は笑顔で心から感謝の言葉を述べた。
だってクラティラスとしての私じゃなくて、まさかの『
「お礼に、帰ったらお菓子作る! 江宮がもういらないって言うまで、これから毎日作ってくるね! それにしても江宮ってば、作曲の才能はあるんじゃーん。こんないい曲を即興で作っちゃうなんて、まじリスペクトだよ! 絵はトンデモ画伯なのに、不思議だねぇ……飾ってある場所は、レヴァンタ家の魔空間って呼ばれてるもん。イシメリアですら、目を伏せて早足で通り抜けるくらいだし。今年からは、誕生日プレゼントは絵じゃなくて曲にしてくれると嬉しいな!」
「…………僕の絵……そんな扱いなんですか……」
低く暗く澱んだイリオスの声で、私は我に返った。
やば、うっかり言わなくていいことまで言っちゃった! 何かをアゲるために他サゲするなんて、良くない。これは私が悪かった!
「ち、違うよ? 画伯って、褒め言葉だよ? トンデモなく素敵な絵を描く画家さんってことよ? それに魔空間っていうのは、えっと……そう、パワースポット的な意味だし? イシメリアだって、畏れ多くて直視できないだけだし?」
「もういいです……どうせ僕の絵はひどいですよ、ド下手ですよ、見るに堪えませんよ。トンデモ画伯が魔空間を生成してすみませんでしたね、レヴァンタ家の皆様にもどうか謝っておいてください。ああ、それだけでは申し訳ないんで、後で直筆の謝罪文をお送りいたしますよ。喜んでくれてると思ってたのに……大神さんなんか嫌いです、大嫌いです、大大大大大嫌いです。アホウル
……あーあ、お拗ねになられてしまった。
イヤイヤ期に入った子のように嫌い嫌いと繰り返すイリオスを、私は必死に宥めた。
どれだけ彼の絵が素晴らしいか、どれだけクセになる独創性に溢れ、どれだけヤバい中毒性があるかを懸命に訴え、天才秀才鬼才と死にものぐるいで褒め称えた甲斐あって、イリオスは何とか機嫌を直してくれた。
そのせいで、私が彼に話そうと考えていたことを話す時間はなくなってしまった。
でも、これで良かったのかもしれない。どこまでイリオスに話していいものか、悩んでいたから。
なので私は考えた結果、イリオスには黙っておこうと決めた。何って、ネフェロの件だ。
彼との再会を果たせたことは、その内伝えるつもりだ。けれどネフェロの秘密については、やはり言わない方がいいんじゃないかと思った。
ネフェロ・メネクセスは、ゲームとは関係のないキャラだ。だったらわざわざイリオスに明かす必要はないし、ネフェロだって他の者には知られたくないだろう。
彼がヴォリダ帝国出身であること、そしてどうやら『人体実験の被害者』らしい、いうことを――記憶を消されても尚、深層意識の奥で強く残る魔法や魔力への恐怖を、憎悪に塗り替えて自我を保っているステファニと同じく。
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