腐令嬢、チカチカす
問題は、ネフェロに埋め込まれた魔石の効力だ。
「クラティラス……何を考え込んでいるのだ?」
「うん……股間に魔石って、どういうことなのかなと思って。敢えてそこに埋め込んだってことは、精力増強目的? ならチソチソもタマタマも残しておかないと意味ないよね? 何よりネフェロのあの性格じゃ、精力増強したところで人に迷惑をかけまいとソロ活動に励んで終了するだけじゃない? やっぱりネフェロの股間に魔石は、甚だしい人選ミスだよなぁ……股間に魔石、股間に魔石……ねえ、ネフェロの股間魔石って、チソチソ&タマタマの形状なの? 感覚はありそうだった? 触ったら反応しておっきする?」
素直に答えて、ついでに素朴な疑問を口にしたら、頭にお兄様の拳骨が落ちてきた。
目がチカチカしたわ……ネフェロ以上の威力だよ! 最強を誇るお父様の拳骨レベルだよ!
「いったぁぁ〜んもう! 舌まで噛んじゃったじゃない! 今日……いやもう昨日だけどネフェロからも同じ場所に拳食らって、ダメージ蓄積してるんだからね!? 皆して、私の頭を叩けばおやつが出るベルだとでも思ってんの!? 何も出ねーよ、よくわかっただろ、わかったら二度と叩くな、バカティタ!」
頭を抱えて怨嗟の言葉を吐くと、息の抜けたような音が耳を打った。お兄様が吹き出したのだ。
人を殴って痛がる姿を見て笑うとか、ドSか!
「い、いや……すまない。ああ、違うぞ? 拳骨を落としたことについては悪いと思っていないからな? お前は品性の欠片もない発言をしたのだ、そこは反省すべきだろう」
涙目でキッと睨む私に、謝罪になっているんだかなっていないんだかわからないことを言い、お兄様は笑いを止めて吐息をついた。
「笑ってすまなかった。安心して、つい……な。お前が変わらずにいてくれて、私は嬉しかったのだ」
お兄様の手が、再び私の頭に伸びてくる。今度は拳骨ではなくナデナデだ。ネフェロのそれより力は強かったけれど、あたたかさは同じだった。
「もしかしたらお前が、ネフェロの秘密を知って変わってしまうのではないかと……彼を恐ろしいと思うようになるのではないかと、ずっと心配していた。しかし私以上に、ネフェロはもっと怖かったはずだ」
ネフェロが別れ際に見せた、悲しい微笑みが脳裏に蘇る。
縋るような、それでいて諦めたように静かに凪いだ翠の瞳で、彼は私をいつまでも見送っていた。
「ネフェロは、お前に嫌われることに何より怯えていた。だからお前には何も告げず、姿を消す決意をしたのだ。しかしお前と偶然また出会えて、堪らなくなったのだろう。喜びに胸躍る反面、秘密を隠したまま接するのが苦しくて、けれど自分では打ち明ける勇気が出なくて……私に託したのだと思う」
そこでお兄様は私の頭をナデナデしていた手を下ろし、ぐっと拳を握り締めた。
「あいつはそういう奴なのだ。弱くて脆くて繊細で、大切な者を大切にしすぎるあまり、触れることも触れられることも恐れて逃げ出してしまう。理解しろとまでは言わないが、でもどうかネフェロを責めないでやってほしいのだ」
苦しげに気持ちを吐露するお兄様の手を握り、私は微笑みかけた。
「私がネフェロを嫌うなんて、ありえないわ」
「クラティラス……」
お兄様が呆然と私の名を呼ぶ。
「責めるとしたら、私に嫌われると勝手に思い込んでいた点ね。全く、ネフェロったら何年も私を見てきたのに、どうしてそんなふうに考えたのかしら? 自己肯定感が低すぎるのも問題ね」
ふうとわざとらしく溜息を吐いてから、私はクラティラスお得意の髪ファサーを披露して宣告した。
「明日にでも、ネフェロの元へ怒鳴り込みに行くわ。お兄様からもネフェロに言ってやってくれる? お前は長年世話をしてきたクラティラスを、そんな器の小さい女だと思っていたのかって。お前に会えなくなってクラティラスがどれだけ落ち込んだか、お前にまた会えてクラティラスがどれだけ喜んだか、わからないのかって。自分がどれだけ愛されているか、思い知るがいいって」
「クラティラス……!」
もう一度私の名前を呼び、お兄様は私の手をぐっと強く握り返してきた。
ずっとネフェロのことを心配していたんだ、私の言葉を聞いてお兄様も感動したんだろう――と思ったのに。
「お前もしや、ネフェロに恋慕しているのではあるまいな? イリオス殿下という者がありながら……私は許さないぞ! 私がどれほど頑張って殿下にアピールしたか、わかっているのか!? 殿下もそろそろ、私のことを側妃として迎え入れようと考えてくださっているに違いないのだぞ!? そんな殿下を裏切るなど、私にはできない! こうなったら私も同行して、ネフェロにクラティラスを誘惑するなと釘を刺さねばなるまいな!」
う、うん……同行は願ってもないことだけど、釘刺すのはやめたげて。お兄様が狂ったと思われて、呪いの五寸釘よろしく、ネフェロのか弱い心臓が止まりかねないから。
とにかく、明日の学校帰りに二人でネフェロを訪れようと約束し、私は一緒に寝よ寝よと抱き着くお兄様を背負い投げして自室に戻った。
早くネフェロを安心させてあげたい。
憂いの晴れた綺麗な笑顔が見たい。
お兄様がおかしなことを言い出しそうだから、別の意味で新たな不安が発生するかもだけれど……それでもいい。ネフェロに会って、変わらず大好きだと伝えたい!
私が出て行ったことにも気付かず、プルトナはグースカ寝ていた。仕方なく、脇に身を寄せる形でベッドに入る。
寝相の悪いプルトナに、でしでしと猫パンチ猫キックを食らわされて若干イラッとしたけれど――心配事が失せたおかげですぐ睡魔に見舞われ、私は吸い込まれるように眠りに落ちた。
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