腐令嬢、そそられる


「へえ、レオのお店にアルバイトが入ったんだ。お母さん一人じゃ忙しそうだし、いいんじゃない?」


「あたしも今初めて聞きましたよ。レオ、何で教えてくれなかったの?」


「べ、別に大した話じゃないし? そいつ、来てまだ間もないし? 母さんって知っての通り乱暴だから、続かないかもしれないじゃない?」



 レヴァンタ家の車の中で、私達三人の話題となったのは、レオのお母さんが営むアゲチキ店についてだった。


 アステリア学園に通うようになると、レオは勉強に部活にと忙しくて家業を手伝う暇がない。なので新たに、アルバイトを雇ったのだという。


 これまでレオは、リゲルに何事も包み隠さず話していたらしい。なのに何故、この件を今まで黙っていたのかというと。



「リゲルちゃんがお店に来たら、紹介しようと思ってたんだ。なのに全然来てくれないし……それにそいつ、すごい美形なんだもん」



 左右から私とリゲルに迫られてやっと吐いた理由は、これだった。


 リゲルが息を飲む。私も同じくだ。



 ――聞いた? イケメンですってよ!


 ――ええ、聞きましたとも。どんな系統のイケメンですかね?


 ――私はおこちゃまなレオをスマートにリードする、優しいお兄さん系を希望!


 ――あたしは意地っ張りなレオをからかって遊んじゃう、ちょいワルなヤンチャ系がいいです!



 目と目で会話しながら、私はリゲルと膨らむ期待に黒い笑みを交わし合った。


 まだBLに興味が持てないレオだけど、素敵な男性が身近に現れたらディアヴィティみたいに憧れから萌えを知ることができるようになるかもしれない。何よりどんなイケメンなのか、とっても楽しみですぞー!



 大通りで車から降ろしてもらうと、雨はちょうど上がっていた。運転手が付いてこようとしたけれど、私はすぐに戻るからと言って押し留めた。レオのお母さんに、自分が貴族だと知られたくなかったからだ。

 私が一爵令嬢、しかも第三王子の婚約者だとわかったら、前みたいに気さくに接してくれなくなる可能性が高い。荒っぽいけれどちゃんと優しさを感じられる扱いが、私にはとても居心地が良かった。前世のお母さんと、重なるところがあったから。


 運転手は渋ったけれど、車からは数十メートルも離れていないので肉眼で確認できる距離だ。さらにリゲルが『命に替えても責任持って車まで送る』と言ってくれたおかげで、私はリゲル達と三人だけでお店に行くことを許された。



「こんにちはー、アゲアゲチキン十個くださーい! あ、やっぱりリゲルの分も入れて十五個にしてくださーい! お代はレオが払いまーす!」



 半屋台が並ぶ中、『おいしいアゲアゲチキンならここですよ』というのぼりが立っている店舗に誰より先に駆け込んだのは私だった。

 レオに、やっぱり奢る話はなかったことにしますと言わせないように……っていうのもあるけど、噂のイケメンが見たくて見たくて!



「あらぁ、クラティラスちゃんじゃない。いらっしゃい、相変わらず美人さんねぇ〜」



 えへへ〜、知ってる〜とは言わずに照れるフリをしつつ、私は奥でフライヤーを扱っている青年らしき後ろ姿に目を向けた。


 スラッとした細身の体型で、男にしては華奢な部類だ。良く言えば守られ受けちゃん向き、悪く言えばなよっとして頼りない感じ。しかし、驚くほど立ち姿勢が美しい。


 レオ受けしか想定していなかった身としては正直、やや期待外れだった。とはいえレオ攻めという新境地を拓くのもアリだよね!



 だけど……何だろう? あの後ろ姿、不思議と既視感がある。



「大量注文入ったよ! アゲチキ十五個とサービスで新商品の激辛チキン二つお願い! クラティラスちゃんとリゲルちゃんのために、良い揚げ加減にしてちょうだい!」


「えっ……? クラ……リゲ……?」



 そこで青年はゆっくりと、恐る恐るといった感じで俯いていた顔を上げ、こちらを振り向いた。


 さらりと絹のように繊細な金の髪が揺れる。その下から、どんな宝石も霞むほど美しい翠の瞳が覗いた。レオの言葉通り、いや言葉以上の超絶イケメンである。


 だが、私が目を見開いたのは相手のイケメンレベルの高さに圧倒されたせいじゃない。それがよく知る人物だったからだ!



「ぬぇ、ぬぬぬ、ねねね、ネフェロぉぉぉ!?」


「クラックラッ……ククク、クララ……クラティラスさむぁっげほっぐぎっ!」



 思わぬ再会に、私の元世話役だったネフェロ・ネメクシスは、半屋台の奥に封じ込めておくには勿体なさすぎる美貌を歪めて蹲った。ビックリしすぎて盛大に舌を噛んだ上に、変に仰け反った勢いでどこかの筋を傷めてしまったらしい。


 久々に顔を見たけれど、いやはや……口を押さえて涙目でこちらを睨む顔もそそりますなぁ。


 やっぱりネフェロって、無限萌え製造機だわ!




◇◇◇◇◇




皆様、いつも応援ありがとうございます。


近況ノートでもお伝えさせていただきましたが、来週2/4にコミカライズ版『悪役腐令嬢様とお呼び!』2巻が発売いたします。


また昨日はニコニコ漫画様、コミックウォーカー様にて、第8話が公開されました。


GUNP様の描く漫画の腐令嬢様を、皆様にも楽しんでいただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る