腐令嬢、オロオロす
大きなコーラルピンクの瞳を涙でうるうると滲ませながらディアヴィティとリゲルに縋り付くレオの姿に、私はもう一度溜息を落とした。
全く馴染めていないとは思っていたけれど、よもやメンバーを悪魔呼ばわりするほどとは。
「ディアヴィティ、お騒がせしてごめんなさいね。皆、悪気があってあれこれ口を出しているわけでは」
「黙っていてくれ。今いいところなんだ」
私の謝罪の言葉は、さくっと遮られた。
どうしたのかと覗き込んでみると、ディアヴィティは一冊の本に熱心に眼鏡から視線を注いでいる。
その本は、もしかして……。
「良い……とても良いぞ。照れるヴァリティタ、拗ねるヴァリティタ、涙に濡れるヴァリティタ、はにかんだ微笑みを浮かべるヴァリティタ……見たこともないヴァリティタがここにいる。ああ、胸が熱い! 何だ、この体の底から湧き上がる熱く激しい感情は!」
「それは、萌えというのですよ!」
ディアヴィティの目の前に座っていたリゲルが、笑顔で答える。
ディアヴィティが読んでいたのは、私が挿絵を担当しリゲルが書いたアンドリア向けのヴァリティタ✕ネフェロ学パロBL小説だった。
お兄様が生徒、ネフェロが新任教師ってシチュで、私も大好きなお話なんだよね。
外では優等生キャラを装ってるけど本性はひねくれてるお兄様が、純粋に真っ直ぐ自分と向き合ってくれるネフェロにゆっくりと心を開いて、子供みたいな独占欲を経て自身の中に芽生えた恋に気付いていく過程が尊くて尊くて!
「そうか……物語という形で、新たなヴァリティタを見られるのだな。このネフェロとかいう奴との話も面白いが、最初に聞いた自分も物語の一員になるという案も楽しそうだ。さっきその子から教わったケモミミバージョンも見たいな。ああ、あの子が言っていたようにいろんなパターンも気になる。それとこちらの子は、オジサマがどうとか……うむ、年を重ねたヴァリティタもきっと素晴らしいだろう。ああ、君は筋肉を描くのが好きなんだったか? 是非ともムキムキマッチョなヴァリティタを描いてみせてほしい」
全員の提案に応じるディアヴィティを見て、私は確信した。こいつは落ちたな、と。
同担拒否のアンドリアといまだBLに触れられないレオは納得いかなかったようだが、私の入部の勧めにディアヴィティはこれまで見せたことのない晴れやかな笑顔で頷いてくれた。
この瞬間、我が家の執事のアズィムに続いて新たな腐男子が誕生した――恋のお悩みも解決、及び新入部員ゲットだぜ!!
……と、ここまでは良かった。
「ごめんなさい、放送部の業務で遅くなりました! ……あれ?」
ディアヴィティに入部届を書いてもらっているところに飛び込んで来た黒髪を一つ縛りにした眼鏡っ娘は、トカナ・ヴラスタリ。
我々の一つ年下の中等部三年生で、紅薔薇支部における唯一の後輩である。
「ああ、トカナ。紹介するわね。こちら、新しい部員となるディアヴィティ・フェンダミ。私達のクラスメイトなの」
「クラティラスさんに恋したと言って相談に来たんですけど、実はヴァリティタ様に萌えていただけだったとわかって……」
私に続いてリゲルが説明したところで、言葉が終わる前にトカナはディアヴィティに掴み掛かっていた。
「おい、てめえ。クラティラス先輩に恋だあ? クラティラス先輩は見ての通り容姿端麗だから、一目惚れするのもわかるがなぁ、先輩の素晴らしさはそれだけじゃねえんだよ。クラティラス先輩を二年追いかけてきた私を差し置いて、何様のつもりだ? 二年、いや二百年経ってから出直してこい、クソ眼鏡! 消え失せねえなら、私に断りもなくクラティラス先輩を勝手に見初めたその眼鏡、叩き割ってやろうか、おおん!?」
えっ……この子、いつのまにこんなにガラ悪くなったの?
これじゃ戦闘民族の中でも戦闘狂とあだ名されて恐れられる狂戦士じゃん!
「な、何だ、いきなり……誰がこんな女に恋なんてするか。勘違いだったと判明したところだ。お前、庶民だろう? そうだろうな、育ちの悪さが言葉遣いにも現れているからな」
ディアヴィティがトカナの手を振り払い、冷ややかに告げる。
そうだった、ディアヴィティって階級コンプを拗らせてるんだっけ。おまけにトカナも、負けず劣らず貴族コンプを拗らせてたんだよ。
やばいぞまずいぞ。
この二人、水と油だ。それどころか爆薬に炎だ。触れ合ったら、大爆発が起こっちゃう!!
「はーい出ましたー、お貴族マウントー。そうやって育ちがどうとか言ってくるのは、家柄しか取り柄がないからですかぁ? プークス、ざっこ! だったら私もお返しさせていただきますけどぉ、私のお姉様、一爵令息と結婚するんですよ〜。それも、ヴァリティタ様の親友とね!」
オロオロする私を嘲笑うかのように、トカナはさらに強力な嫌味で迎撃した。
忘れかけてたけど、この子、口喧嘩めちゃくちゃ強いんだよね……私ですら悪役令嬢全開フルスロットルで挑んで、負けかけたことあるもん。
「何、だと……? ヴァリティタの、親友と……くっ、だがそれは姉君の話、お前には関係のないことだろう!」
「あら、お顔色がお悪いですわよ、お貴族様。関係ないかどうか試してみますぅ? お姉様に連絡して、『こんなひどいことを言う奴がいるの!』ってお義兄様に伝えてもらっちゃおうかなぁ? どれどれ、名前は……ふーん、ディア……? おっけー! 噛みそうで読めないけど、トカナ、覚えた!」
ディアヴィティが記入していた用紙をさっとチェックし、トカナがほくそ笑む。
「や、やめろ! 告げ口とは卑怯だぞ! 正々堂々と勝負しろ!」
「おう、言ったな? 貴様のような軟弱貴族なんざ、秒でけちょんけちょんにできる自信あるわ。オラ、かかってこいや!」
バチバチと目に見えるほどの火花を散らし、二人が睨み合う。
我々の制止は届かず、トカナとディアヴィティは熾烈なるバトルを開始した。
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