腐令嬢、振る


「お目汚ししてしまったようで、どうもすみませんね! 仰る通り、私は謙遜もできなきゃ言葉遣いもパンツのセンスも悪い、どうしようもない奴ですよ! わかったら、とっとと諦めてくれます!? 私には一応の一応、婚約者ってやつがいるんで!」



 噛み付く勢いで私はディアヴィティに詰め寄り、ストレートなお断りのお言葉を告げた。


 が、ディアヴィティは私を見下ろしたまま動かない。


 ここで私は、とても大変なことをしてしまったと気付いた。



「ディア? どうしたの? えっと、もしかしてキツく言い過ぎちゃった? だったらごめんね、私、こういうのあんまり経験なくて……」



 売り言葉に買い言葉的な流れではあったけれど、今の状況は私が彼の告白を振った形になる。ディアヴィティが、私の何に惹かれたかはわからない。それにどれだけ想われたって、ディアヴィティと付き合うことはできない。


 彼を振らなくてはならなかったとはいえ、勢いに任せて手ひどい言葉を突き付けてしまった。これは私が悪い。一方的に悪い。


 ああ、どうしよう? ディアヴィティの心は今きっと、深く傷付いて……!



「ああ……すまない。つい見惚れていた」


「何だ、見惚れて……は!? 見惚れてた!? 何に!?」



 我慢できず、私はディアヴィティの制服の襟を鷲掴みにして問い質した。



「お前の顔に決まっているだろう。やはりヴァリティタによく似ているな……ヴァリティタも怒るとこんな感じなのだろうと思うと、嬉しくなってな。あいつはいつも穏やかだから、まだ怒ったところを見たことがないんだ」



 ディアヴィティが寂しげに微笑む。


 どうしてここでお兄様の名前が出てくる? ていうか、今の言い方だと何というか……。



「ねえ、もう一度最初の質問に戻るけれど、どうして私に恋してるの?」



 私が再度尋ねると、ディアヴィティは目を逸らしてひどく重たげに口を開いた。



「それは……ヴァリティタが。お前のことを、可愛い可愛いと言うから」



 …………はい?



「ヴァリティタがあそこまでしつこく言うくらいなのだから、きっと可愛いのだろう。そう思って見ていたら確かにヴァリティタによく似ているし、段々と俺の目にも可愛く映るようになってきたんだ」



 …………はいはい?



「俺はずっと、一爵家の者は自分のような二爵以下の貴族達を見下しているのだと思っていた。だけど、ヴァリティタは違った。そしてお前も」



 そこでディアヴィティは私に冷静と情熱が共存する紫の眼差しを落とし、もう一度柔らかな笑みを浮かべた。



「庶民の女とも、平気で触れ合い戯れている。婚約者であるイリオス殿下以上に、爵位も持たない側近の女と仲良くしている。ヴァリティタが女だったら、お前のような感じだったのだろうな。そう思うと、ますますお前から目が離せなくなって……」



 おいおいおいおいおい!


 ディアヴィティよ、それって私に恋してるんじゃなくて……!



「つまり、私がお兄様に似てるから恋したということね」



 そう言って、私はにっこり笑い返してみせた。



「ああ、そういうことになるな」



 しかしディアヴィティ、平然と肯定する。


 嫌味のつもりだったのに効いてない……だと? こいつ、もしや『自覚してない』?



「じゃあ私が、お兄様の妹でなかったら? 妹だとしても顔が全く似てなかったら恋をしたかしら?」


「しないな、絶対にしないと言い切れる。お前みたいにガサツで下着の趣味が悪い女は願い下げだ」



 ディアヴィティ、さっくりと断言である。


 このクソ眼鏡、正々堂々と私をディスりやがったぞ!



「だったら、素直に認めなさいよ。ディアヴィティ、あなたは私に恋してるんじゃない。あなたが本当に恋い焦がれているのは、ヴァリティタ・レヴァンタでしょうが!」



 そこで私は、無自覚鈍感野郎に真実を突き付けた。



「は? 何をバカなことを言っているんだ? 何故俺が、男に恋慕せねばならん? お前、俺が女に見えるのか? だとしたら、相当視力が落ちていると思われる。俺の行きつけの眼鏡屋を紹介してやろうか?」



 が、ディアヴィティは『何ー!? そうだったのかー!』と衝撃を受けることもなく、『そそそそんなわけないだろう!』と狼狽の表情に揺れることもなく、小バカにしたような視線で迎撃してきたではないか。


 えええ……この人、どこまで鈍いの?

 お兄様も自分も男だからって気持ちを封じたにしても、その蓋、あんまりにも分厚すぎじゃない? せめて『そんなことあるはずが……だってあいつは男だぞ!?』って焦る顔くらい見せてくれても良くない?



「えっとね……それじゃあちょっと聞くけど、お兄様と一緒にいたいと思う?」


「ああ、もちろん。ヴァリティタといると楽しいからな」



 私の質問に、ディアヴィティはすんなりと頷いた。



「もっと触れ合いたいとか、その……男女みたいに手を繋いだり、キス、したりしたいとかはない?」


「ない。ありえない。気持ち悪い。何おかしなことを聞いているんだ、お前は」



 が、次の質問は、嫌悪感剥き出しの声音で弾き返された。



「俺はヴァリティタのことは好きだが、あいつが話したり笑ったりする姿を近くで見ていたいだけだ。女みたいに扱いたいなどと思わん。で?」


「へ?」



 上着を掴んだままの私の手を取ると、ディアヴィティは顔を寄せてきた。



「へ、じゃない。俺はお前に恋したみたいだと言ったよな? おい、どうすればいい? それを解決するためにわざわざ呼んだんだぞ?」



 至近距離で迫られるも、ドキドキなんて一切しなかった。何でそんなウエメセなんすか……。



「どうするも何も、おとなしくお兄様を眺めとけばいいじゃないの……私だって、お前なんかと付き合うのやだよ……」


「は? お前なんかだと? 失礼にも程があるだろう!」



 ディアヴィティが眉を釣り上げて怒りに吠える。



「どっちが失礼だよ! 黙って聞いてりゃ好き放題ディスりやがって! お前が愛の告白をしてきたってお兄様にチクってやろうか!? 知っての通り、お兄様は筋金入り殿堂入りの超絶怒涛の変態的シスコンなんだからね!? 私の言葉一つで、お前なんかチョチョイのチョイでお兄様の側から排除できるんだぞ、おおん!?」


「くっ……申し訳ございませんでした、俺が悪かったですっ! ああ腹が立つ、何故こんな奴が可愛く見えてしまうんだ!?」



 手を離して頭を抱えてくれたので、私もディアヴィティを掴んでいた手を解いた。



「私が可愛く見えるのって、お兄様と重ねてるからなんだよね?」


「それ以外に何がある!? あんなにも狂った下着で踊り散らかすようなアホ、好意を持つ以前の問題だ!」



 ディアヴィティがここぞとばかりにアホ呼ばわりしてきたけれど、アホ扱いされるのは誰かさんのおかげで慣れている。


 それよりも、彼の恋の正体が掴めたことの方が重大だった。



「…………ディアヴィティ、もしかしたらその恋、あっさり解決するかもしれないわよ?」


「何……?」



 ディアヴィティが掻き毟ってボサボサになった髪の隙間から、私を見る。そんな彼を、私は悪役令嬢らしい腕組み仁王立ちのポーズで迎え撃った。



「私ね、とても良い相談相手を知っているの。必ずあなたの力になってくれるし、あなたの心のモヤモヤも綺麗に晴らしてくれるはずよ」


「ほ、本当か……?」



 か細く、ディアヴィティが零す。



「ええ、約束するわ。あなたの悩みを、私が解決してみせる」



 力強く宣言すると、私はディアヴィティをとある場所へと誘った。



 行く先は決まっている――旧校舎の二階、『花園の宴 紅薔薇支部』の部室だ!

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