腐令嬢、告られる


 ディアヴィティはお兄様と同じく、アステリア学園に入る前は貴族の令息達が多く集う名門校、フィニクス学園に通っていた。


 令嬢の聖アリス、令息のフィニクス。

 アステリア王国ではそんなイメージが強い。


 というのも聖アリスでは学問に加えて淑女教育を、フィニクスでは紳士としての心得や立ち居振る舞いだけでなく、いざという時に護身術にもなる剣技や体術まで徹底的に学ばせるからだ。

 そのため貴族達の大半は二つの学校出身者で、自分の子達も同じように通わせる。


 お兄様は頭も良くて運動神経も抜群。

 中でも特に剣技に関しての才能は突出していて、大会では王国軍所属の現役騎士団員をも打ち負かし、何度も優勝していた。

 その流れでアステリア学園高等部では熱烈な勧誘を受けて剣術部に入部し、今もエースとして大活躍中である。お兄様が留年からの逆飛び級で学園に在籍する期間が長くなったことを誰よりも喜んでいるのは、彼から華麗なる剣技のテクニックを学びたい部員達だろう……といった話を、ディアヴィティはやけに嬉しそうに語った。


 剣術部の内情に詳しいことからわかるように、ディアヴィティもまた剣術部の部員なのである。何でもお兄様にお誘いを受けて、特に入りたい部活もなかったから入部したそうで。



「……あなたが話したいことって、すごいぜヴァリティタ烈伝? それなら妹の私も、嫌ってほど知ってますけど」



 私はうんざりと溜息を吐いて、空を仰いだ。すると、旧校舎が目に映る。


 あそこの一室では今頃、リゲルを含む『花園の宴 紅薔薇支部』のメンバー達が楽しく萌え語りしているに違いない。


 新旧の校舎を繋ぐ渡り廊下の片隅から、レンズ達のキャッキャウ腐腐フフする姿を想像すると居ても立っても居られなくなる。早く私もあっちに行きたい。同じお兄様の話をするなら、断然BL談義がいいもん。



「そうではない」



 ディアヴィティは否定の言葉と共に眼鏡をクイッと上げ、やれやれといった具合に肩を竦めた。



「クラティラス・レヴァンタ、お前のことが気になる」


「あら、そう。私は気にしてないわよ」



 適当に答えて、私は目下の悩みである新入部員のレオについて思案した。


 こうしている今も、彼はいつものように部室の隅で頭を抱えて激しくキョドっているはずだ。もうやだ怖い、早く辞めたいとすら考えているかもしれない。

 けれどせっかく部員となったのだから、彼にも最大限に活動を楽しんでもらいたい。腐っても部長、腐っているからこそ部長、私にはノンケの彼にもBLの楽しさを手解きする義務と責任がある。



「お前を見ると胸が高鳴る。お前に笑顔を向けられたい、もっと仲良くなっていろんな表情を間近で見たいと思う。考えた結果、これは恋なのではないかと結論付けた」


「ああ、恋ね。見つめども見つめどもなお我が想い楽にならざり、じっと握れぬ手を見る的な?」


「うむ、その通りだ。ではやはり、これは恋なのだな。クラティラス、俺はお前に恋をしているらしい」


「へえ、恋してるんだ。良かったわね、青春謳歌ロード確定じゃない。で、お相手は?」


「だから、お前だと言ってるだろうが」


「ああ、そうだったわね。ディアヴィティが恋してるのは私…………えっ!?」



 そこで私は我に返り、部室の方向に向けていた視線をディアヴィティに戻した。



「クラティラス、俺はお前に恋をしているようなんだ。どうしたらいい?」



 春風にさらわれて乱れたプラチナブロンドの髪の下、眼鏡の奥にある紫の瞳は、冗談のじの字も見えないほど真剣だった。


 否否否、しばし待たれよ。何でそうなるとですか!?



「で、でもディアヴィティ、私とあなたってほとんど口を利いたことないわよね?」



 とにかく原因を探らねばと、私は引き攣るくちびるを必死に動かして問うた。



「ああ、ないな。まともに話したのは、入学式の時くらいだ」



 ディアヴィティが素直に答える。



「じゃあどうして私に恋をしたの? 美人だから? まあ確かに顔にはそこそこ自信あるし、胸もおかげさまでこの通り見事に成長したし、パイオツカイデーなナイスバディだもんね。顔埋めてパフってバブりてぇーって気になるのはわからなくもないわ」



 記憶を取り戻した時にはぺったんこだった胸も、今ではゲームのクラティラスと同じ、立派な谷間ができるほどに育った。

 巨乳というほどの圧倒的サイズじゃないけど、前世じゃ経験したことのない大きさだから何気に嬉しいんだよね。家で絵を描く時には、隙間をペン差し代わりにもできて便利だし。



「少しは謙遜しろよ。あと何だ、その言葉遣いは。お前、それでも一爵令嬢か? 大体いくら見栄えが良くても、あんなひどい下着を身に付けていたら台無しだろうが」



 が、ディアヴィティは眉をひそめて、真っ向から私の言葉を全否定した。


 この野郎……そのひどく愉快なパンツを勝負下着にしてる女に恋したくせに!

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