目には目を、眼鏡には眼鏡を
腐令嬢、伸び伸びす
ふぁぁ〜んと大きなあくびを放ちながら両腕を高く掲げて伸ばし、ついでに左右に体を倒してストレッチ運動。
ああ、自由に動けるってこんなに素晴らしいことだったのね!
「クラティラスさん、あくびしながら笑うって器用ですね……調子に乗ってると、顎が外れますよ?」
隣の席から、リゲルがのびのびする私に注意をする。
けれどその口調は柔らかく、プリティーキュートな顔にも優しい笑みが浮かんでいた。彼女も自由の戻った朝が嬉しいんだろう。
なので私はストレッチの勢いでぐいんと体をリゲル側に倒し、笑顔のお返しを見舞った。
「最近眠りが浅くて、寝ても寝てもあくび出ちゃうんだ。昨日まで必死に我慢してたんだから、少しくらい羽目も顎も外していいと思うの」
「羽目は外していいけど顎は大切にしてください。外れやすくなると、レオみたいにしゃっくりの度にカコーンカコーンって顎が落ちることになりますよ」
何だそれ、ししおどしかよ……とリゲルにツッコミかけて留まった。この世界に、ししおどしなんてジャパニーズ風流グッズはないのだ。
大作戦から一夜明けた今朝、カミノス様によるイリオスアタック及びクラティラス椅子キックは開催されなかった。聞けば本日は欠席なされているという。
可哀想なことをしたなーと思わなくもないけど、イリオスにその気がない以上、遅かれ早かれ訪れた結末だ。この際だから綺麗に吹っ切って、別の良い男を探す方面に舵を切った方がカミノス様のためにもなる。
それより今戦うべきは、この眠気よ。
深夜に起きることはなくなったものの、どうやら眠りに落ちてから目が覚めるまでずっと夢を見てるみたいで、ろくに寝た気にならない。夢の内容は相変わらず思い出せないのに、たまにピンポイントで単語を覚えてたりするから余計厄介だ。
今朝目が覚めて頭に残っていたのは、『今度こそ』と『あの人』という言葉。『今度こそ』って何だろう? 『あの人』って誰なんだろう? 中途半端に覚えてるせいで、余計モヤモヤする。
どうせ夢なんだからといったらそれまでなんだけど、思い出せない夢ってやたら気になるものよね。
もう一つあくびをしてから、私は後ろの席に椅子を傾けた。
「ねーイリオス、思い出せないことを思い出す方法知らない?」
「知ってますよ。バカを治せばいいんです。はい終了」
にべもなく告げて、イリオスはノートで私の頭を押し返して追いやった。うわ、感じ悪ー。少しはそっちもこの自由をエンジョイしてジョイジョイしろよなー。
もう一度振り向いて、文句を言おうとしたけれど止めた。イリオスと同じく後部列に席を置くお兄様と、ばっちり目が合ったからだ。
お兄様はクロノに口を塞がれ、ステファニに押さえ込まれていた。そうでもしないと、とんでもないことを口走って暴れてたに違いない。
そうなのよね……私達の寝室での一件を聞いて、お兄様ったら『何で私も仲間に入れてくれなかったんだ! 二人だけで婚前交渉に及ぼうとするなんてズルい! 私もクラティラスと一緒に可愛い子を生みたいのに!』と泣き叫んで大変だったのよね。
いまだに子づくりのノウハウを理解してないくせに、いきなり3P希望かよ。せめて天使が子を運んでくるという認識をどうにかしてから物申せ。
溜息をついて机に視線を戻した私は、ノートの上に見慣れぬ紙片があることに気付いた。開いてみれば、几帳面な文字が綴られている。
思わず顔を上げると、前の席のディアヴィティがチラリと眼鏡越しに視線を送り、くちびるに人差し指を当ててみせた。
こ、これってもしや……ディアヴィティからの手紙?
恐る恐る中身に目を通した私は、小さく息を飲んだ。
『相談したいことがある。放課後、時間をくれ』
心臓が、嫌な予感に痛く高鳴る。
相談したいことって、まさか……リゲルへの恋に目覚めたから協力してくれって話なんじゃ?
どどどどうしよう!?
カミノス様に気を取られてた間に、ディアルートの門が開いちゃったかもしれないよーー!!
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