腐令嬢、助け合う
「……カミノス様、勘違いなさらないでください」
イリオスがゆっくりと身を起こし、静かに言葉を放つ。
けれど誤解を解いてくれるのかとほっとしたのは、束の間だった。
「僕が無理矢理、クラティラスさんに迫ったんです。クラティラスさんは結婚するまではと拒んだのに、それでもどうしても我慢できなくて」
イリオスの斜め下をぶった斬るような発言に、物理で目玉が飛び出す心地がした。
こ、こいつ、何を言い出すんだ!? ババババカじゃないの!?
「いや待って、おかしい! そうじゃない! いろいろと間違っモガ!」
異を唱えようとするも、枕を顔に押し付けられて空気ごと遮断される。
ちょっとイリオス、お前、私を窒息死させる気かーー!? ついでに自分も死ぬ気かーー!?
「ですからクラティラスさんが誘惑したなどと、おかしな勘違いをしないでください。彼女は気高く清らかです。唾棄すべき獣は、僕の方なのです」
「い、いえ……イリオスも男性ですものね。健康な殿方は、そういった衝動に見舞われることがあると、わたくしも聞いたことがありますわ。特に若いと性的欲求に抗えなくなる状況も多い、と。ですからイリオスの行為も、致し方ないことなのでしょう」
カミノス様が震え声で、無理のありすぎるフォローを入れる。
強張った表情から察するに、理解を示してるって口では言ってても絶対納得してないパティーンだな。
クラティラス知ってる、あの子、耳年増ってやつだ。
「誰でもいいわけではありません。クラティラスさんが、いいんです。こんなことをしたいと思うのは、クラティラスさんだけ、なんです」
イリオスが悲痛な表情で訴える。
ひとっかけらもやりたくないことをちっともやりたくない相手にとてつもなくやりたいと言ってるんだ、こんな顔になるのも頷ける。
けれどこれで、イリオスの魂胆は読めた。この機会に、カミノス様に自分を諦めてもらおうとしているに違いない。
イリオスは、カミノス様のご機嫌取りは限界だと言っていた。それは冗談抜きで、もう許容範囲を大幅にオーバーしていたんだろう。
大嫌いな私を愛しているフリをして、大嫌いな接触行為を自ら求めたと嘘をついてまで、カミノス様に嫌われてしまいたいと思うほどに。
私は何とか枕の隙間から顔を出し、カミノス様に微笑んだ。
「無理矢理ではありませんわ。嫌よ嫌よも好きのうちと言いますでしょう? 拒否してみせたのは、淑女としての嗜みのようなもの。私にも、イリオスを受け入れる準備はできておりましたわ」
「は? クラティラスさん、何言っモガ!」
今度は私の方が、イリオスの顔に枕を押し付けて言葉を塞ぐ番だった。
物言いたげに揺れる紅の瞳に、私は自身の蒼い瞳で応えた。
一人で悪者になろうとするんじゃない。私は悪役令嬢、こういうことには慣れてる。それに私と
前世からの腐れ縁なんだもん、ピンチの時くらいは助け合わなきゃ。
「…………イリオス、わたくしよりその女がいいの? わたくしを、愛していたのではないの?」
目と目で会話する私達に、カミノス様が力なく問いかける。
イリオスは自分の顔面から枕を取り去ると、隣にいた私を抱き寄せた。
「僕が愛しているのは、ずっとこの人だけです。生涯、この人を――クラティラス・レヴァンタを愛し続けると、誓います」
お、おお……おおう……おうおうおう……どストレートにかましてきたねぇ……。
なんて客観視して、私は必死に喉から飛び出そうになる奇声を堪えた。
アクシデントで接触したことは何度かあるものの、こうしてイリオスの意志で触れられるのは初めてである。おまけにパッション漲る台詞までサービスされたもんだから、不覚にもドキドキしてしまったのだ!
し、しっかりしろ、私。これは演技、ただの演技ですぞーー!
「わ、私もこの人だけを……イリオスを愛すると誓います。ですからカミノス様、どうかイリオスのことは」
「もう帰るわ!」
イリオスに合わせて、私がみなまで言い切る前にカミノス様は踵を返した。そして、護衛達を引き連れて寝室を出て行く。
すぐに顔を背けられたせいでよく見えなかったけれど、黒髪が翻った時にキラリと輝いたのはイヤリングの宝石じゃなくて、溢れた涙だった――ように私には思えた。
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