腐令嬢、目からウロコる


 セリニ様はアステリア王国第一王子、つまるところの王太子でいらっしゃるディアス殿下の実妹で、カミノス様と同じく現アステリア王国唯一の王女だった。


 彼女が亡くなったのは、三歳の時。イリオスと同乗した車で、事故に遭ったことが原因だ。


 派手に炎上したという車の中からセリニ様は無残な姿で、しかしイリオスだけは無傷で救出された。その際に、自身の中に眠っていた魔法の力が覚醒したおかげだ。


 けれど、己の無事を喜ぶことはできなかったという。

 セリニ様の実母であるスタフィス王妃陛下には娘を見殺しにしたと詰られ、イリオスの能力を知った王宮内の一部の者には『そもそもあの事故は彼によって引き起こされたものなのではないか』と疑われ、こんなことなら自分が死ねば良かったとすら思ったほどだった。


 セリニ様の死は彼の心に深い傷を残し、側にいたのに彼女を救えなかった自責の念で、他者に対して心を閉ざすようになる――というのが、ゲームにおけるイリオス・オルフィディ・アステリア第三王子殿下の設定だ。


 イリオスは『命令されて仲の良いフリをしていた』だけで、高飛車な態度で接してくるセリニ様のことが大嫌いだったと言っていた。

 それは江宮えみやの個人的な感情じゃなくて、ゲームのイリオスその人の本音だ。だって江宮が前世の記憶を取り戻したのは、その事故がきっかけ。それまでイリオスが過ごして得た感覚に、江宮は関与していないのだから。


 三歳の女の子じゃ、好意をうまく表現できなかったのも仕方ないだろう。けれど自分の死後もずっと誤解されたまま、こんなにも後になるまで相手に想いが伝わらなかったなんて、やりきれない。


 ゲームのイリオスも江宮と同じタイミングで事実を知ったのだとしたら、彼があれほどまで頑なに他人を寄せ付けなかったのは、セリニ様に対しての後悔が大きすぎて、二度とこんな思いをしたくない、誰にもさせたくないと考えたからなのかもしれない。


 だけど私には、イリオス殿下のメンタルケアなんてできない。彼の心を溶かす魔法の言葉を放てるのは、ヒロインだけ。


 それに今のイリオスには、その言葉は効かない。同じ言葉をかけられたって、ゲームの選択肢に出てきた言葉でしかないと今のイリオス――江宮は私以上によく知っているから。



「タマ吸う推しも好き好き大好きとして、何やらかしてカミノス様に誤解させたの?」



 ということで私はセリニ様の話を打ち切り、別の質問を繰り出した。



「もしかして、蓼食う虫も好き好きって言いたかったんですか? あんた、ことわざもキモい改変して覚えてるんですね……アホでキモくて腐ってるって、三重苦が過ぎますぞ……」



 イリオスがメイン攻略対象と呼ばれるに相応しい造形美を描く頬を引き攣らせ、私に嫌悪の眼差しを落とす。


 綺麗なお顔してらっしゃるのに、表情は江宮というのがいちいち癇に障る。それにしてもこいつ、私をバカにする時だけは元気になるよなー。



「ことわざのことより、どうやって誤解を」


「そこはいいじゃないですか。大した話じゃないし、勘違いされてるっていう事実だけ受け止めといてください」



 そう言ってイリオスは私の目から逃れるように、そっぽを向いた。


 あ、これは絶対口を割らないパターンだな。隠されると逆に興味湧かなくもないけど、江宮の言う通り、いちいち過程を知る必要はないからいいか。



「取り敢えず、しばらくはカミノス様のアタックには耐えて凌ぐってことでおっけー?」


「そうですなー……カミノス様の存在がゲームに支障をきたしそうだっていう大神おおかみさんの指摘は間違ってないと思うんで、早い内に退場になるんじゃないですかね?」



 あっちへゴロンこっちへゴロン、縦横無尽に転がる私を枕を盾にして防ぎながら、イリオスが言う。



「そういやペテルゲ様がお兄様に連絡して、皇帝陛下から注意してもらうって言ってたよ。それで連れ戻されて終わり、ってなるかも」


「おお、ペテルゲ様が動いてくれたなら期待できそうですね。僕ももう、カミノス様のご機嫌取りには限界ですよ……クラティラスさんの相手してる方がまだ楽です。アホでキモくて腐ってても、気を遣わなくていいですから」



 気を遣わなくていいって、褒めてるように見せかけてディスってるよね?

 枕の盾がいつのまにか打撃武器になってるし……接近した頃合いを見計らって、ハエたたきみたいにして枕でぶつのやめてほしい。痛くはないけど、ハエ扱いされてる感じがイラッとする。


 転がって遊ぶのを止め、私は起き上がってもう一度尋ねてみた。



「ねえ、本当に私、悪役令嬢を交代しなくて済むと思う? めちゃくちゃ不安なんだけど」



 するとイリオスは顎に手を当てて何やら考え込んでから、私に目を向けた。



「思ったんですけど……悪役令嬢を交代してもらえるって、悪いことではないんじゃ? その場合、ゲームのシナリオも大きく変わりますよね? それって、僕らの狙い通りじゃないですか」



 うまく理解できず、私は目と鼻と口をぽかんと開きっ放しにしてイリオスを見つめ返した。



「だってほら、カミノス様が悪役令嬢になれば、クラティラスさんはヒロインの友達の一人としてモブキャラに転向できるでしょう? 終盤で断罪されるのは『ヒロインをいじめた悪役令嬢』ですから、その役目もカミノス様が代わってくれるはずです。うまくいけば、クラティラスさんの生存ルートを拓ける確率がぐっと上がるんじゃないですか?」



 イリオスが補足説明してくれたおかげで、やっと私のか弱い頭でもこの事態は美味しい状況なのだと把握できた。


 目からウロコ、鼻にフカヒレ、口へは大トロ大量投入だよ! カミノス様に悪役令嬢の負債を肩代わりしてもらえるチャンスってことじゃん!



「いよっしゃーー! ヒャッホーウ!!」



 浮かれる気分に任せて、私はまたベッドに背中から倒れてゴロンゴロンを再開した。


 嬉しいから高速で転がっちゃう! クラティラス、己のゴロゴロ限界速度に挑戦しちゃう!

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