腐令嬢、アホと認める
「『悪役令嬢』の交代って……どうしてまたそんなアホな考えに至ったんです?」
私がここ最近で抱き始めた大いなる懸念を打ち明けると、イリオスは眉をひそめて小さく吐息を落とした。
あれ?
もっと食い付いてくると思ったのに微妙な反応だな?
「だって、カミノス様はゲームに登場しなかったキャラでしょ? なのにこんなに出しゃばってくるなんて、ゲームのバランス的におかしいじゃない。しかもゲームのクラティラスと同じようにイリオス激ラブで周りへの態度がクソほど悪くて、急速にヘイト集めてるんだよ? この短期間で、私のヘイト値をあっさり追い抜いちゃったんだよ? ずっと陰ながら頑張って、オホホ高笑いとか悪役令嬢っぽいポーズとか練習してきたのに!」
腰掛けたベッドをぼふぼふ叩いて悔しがるも、イリオスは隣から冷めた視線を寄越すばかりだ。
「ちょっと、真面目に聞いてくれる!? カミノス様、今は私を敵認定してるみたいけど、もし悪役令嬢の座についたら今度はリゲルに被害が及ぶかもしれないんだよ!? しかもあの方なら、私を処刑することだって……」
「カミノス様は、悪役令嬢にはなりません」
私の焦りに満ちた吐露は、イリオスの静かな声に遮られた。
「でも、だって……」
「あの方は、ゲームに関係ないキャラクターです。なのでシナリオを邪魔しないよう、何らかの力が働いて僕達の前から姿を消すと思います。サヴラさんと同じように」
淡々と、しかし有無を言わせぬ断定的な口調で、イリオスは告げた。
「な、何でそんな自信満々に言い切れるの? これからどうなるかなんて、わからないじゃない……?」
私の反論は、尻下がりに力を失っていった。
続編のラノベでは、カミノス様は一切登場しないだとか別の誰かとくっついているだとかならまだしも、もしかしたら亡くなっているのかもしれないと考えたからだ。
「…………僕のせいです」
ベッドの隣に座っていたイリオスが、小さく零す。
「イリオスが? カミノス様に何かしちゃったの?」
俯いてしまった彼の顔をそっと覗き込み、私はなるべく優しい声で尋ねた。
「『イリオス』のせいじゃないです。カミノス様がゲームとは違う動きをしたのは、僕のせいなんです。僕が、悪いんです」
つまり
「ねー江宮ぁ、そんな言い方じゃちっともわかんないよ。私がアホだって、一番知ってるのはお前じゃん。アホの私にもわかるように、ちゃんと説明してくれないかなぁ?」
ぼいんぼいんとベッドのスプリングで尻飛びしながら問い質すと、イリオス――江宮は、やっと顔を上げた。
「そうでしたね……
もう江宮の表情に悲壮な色はなく、ほんのり微笑みを浮かべていた。
けれど安心するより、ものすごくバカにされてる気がして腹が立ってきたぞ。そんなに間違ってないじゃん。キリンかトーテムポールか首長竜かのきぐるみの中の人に転職したのかと思ったんだもん。
楽しそうに見えて実は大変な仕事なんだろうなぁ、でもやり甲斐ありそうだなぁって、将来の夢の一つに加えようとしてたのに!
英訳問題はこの世界じゃやらなくていいんだから、過去の話は遠いお空に投げ捨てて、だ。
「まぁ簡単に言うとですね……カミノス様に、誤解させてしまったんですよ。僕がカミノス様のことを想っている、と。何度も勘違いだと訴えたんですけど、聞き入れてくれなくて現在に至る、って感じなんですよね」
とてつもなく言いにくそうに、そしてアホの私にもとてつもなくわかりやすく、イリオスはわけを話してくれた。
どんな不手際をやらかしたのかと思ったら、そんなミニマムなことかよ。
「それだけ? カミノス様、イリオスが自分のこと好きだと思い込んでて……その原動力だけで、あんなに暴走してんの? そりゃイリオスはイケメンだけどさ、側にはペテルゲ様っていう超絶イケメンのお義兄様がいるのに、何であそこまでイリオスに拘るかなぁ? カミノス様、性格さえどうにかすれば、モテそうなのにもったいない」
拍子抜けして、私は言葉を吐き終えると仰向けにぼよんとベッドに倒れた。そしてカミノス様の顔を思い浮かべてみる。
うーん……好みの問題ではあるけれど、目鼻立ちがくっきりとしたエキゾチック美人には、イリオスみたいにちょいと陰のある美貌も銀髪も微妙に合わないと思うな。お互いの利害のために手を組んでる、悪役タッグみたいに見えるもん。
カミノス様のお隣に立つならやっぱり、ペテルゲ様と同系統の美丈夫の方がしっくりくるよね。
「……カミノス様は元々、イリオスに気があったみたいです。セリニ様も密かにイリオスに想いを寄せていたらしくて、二人で競い合って気を引こうとしていたと、昨年ディアス殿下から聞きました。生きていれば成人を迎えていたはずの、彼女の誕生日に」
セリニ様。
久々に聞く名前に思わず視線を向けると、私のアホエピソードで和らいだイリオスの表情はまた固くなっていた。
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