腐令嬢、任せる
「本気で殺されるかと思ったし! 本気で死んだかと思ったし! んもーないわー、マジないわー」
迎えに来てもらった車の中で、私はボールが炸裂した頭頂部を押さえて愚痴った。
「僕もさすがにアレには引きましたぞ……ステファニ、少しは加減してあげても良かったんじゃないですか? 何も気を失うまでやらなくても」
隣に座るイリオスが私からステファニに視線を移し、恐る恐るといった口調で物申す。
「クラティラス様が、思いっきりかかってこいと挑発したのです。私は悪くありません。もしクラティラス様に何かあれば、自分も死ぬ覚悟で挑みましたし」
反対隣から、ステファニが無表情かつ無感情に答える。これは聞き捨てならなかった。
「ダメよ、ステファニ! たとえ私が死んでも、あなたは生きなきゃ許さないからね! 死のうとしたら、オバケになって出てきて脅しまくるわよ? 私一人じゃ足りないかもしれないから、他にもたくさんのオバケ仲間を引き連れてくるわ!」
「そ、それは……オバケだけは……! はい、すみません。生きます。生きて罪を償います」
あっさり意見を覆したステファニに、私はほっと胸を撫で下ろした。
今はオバケの怖さで屈しただけだとしても、彼女には自分の命を蔑ろにしてほしくない。だってステファニも私と同じく、死亡エンドが待っているキャラだ。だけどそんな結末は、私が変えてみせる。まずは先にやってくるステファニのイベントをぶっ潰して、一緒に生き残ってやるんだから。
レヴァンタ家の屋敷に到着すると、私はステファニに支えてもらいながら車を降りた。
「クラティラス様、やけに帰りが早いっけどサボリっすか?」
「お、ステファニ様もご一緒……ということは、格闘訓練でもなさるんですかね?」
「ひょっ!? ああああのお方は、もももももしや、イリオス第三王子殿下では!? すげーや、本物!? あっ、目鼻口の数が俺とおんなじだ! 嬉しい、生きてて良かったーー!!」
アプローチに足を踏み入れるや、庭師のイチニ、サンシ、ゴロクの三バカ兄弟がぎゃいぎゃいと喚き立てる。ったく毎度ながらうるせーなー。
「イチニさん、クラティラス様は不真面目で悪名を轟かせておりますが、今回はサボリではありません。それにサンシさん、クラティラス様は腐って爛れて発酵し尽くしてはいても一応は一爵令嬢。今では格闘訓練などたまにしかいたしませんし、それに私は肩を貸さねばならないほど弱っている相手と訓練するなんてお断りです。けちょんけちょんにしてぶっ倒す面白みがありませんから。そしてゴロクさん、目鼻口の数が同じだからといって浮かれないでください。イリオス殿下とカプろうなんて、数千億年早いです。あなたレベルではチンチラモブとして登場するのも畏れ多いと心得て、どうかすっ込んでいてください」
早足で歩きながら早口で三人に告げ、ステファニは私を伴ってレヴァンタ家の玄関に入った。もちろんイリオスもついてくる。
待ち構えていた執事のアズィムは、学校から連絡を受けてすぐに呼んだという医者に私を診せ、その間にステファニとイリオスから事情を聴取した。
手筈通り、ステファニは私に怪我を負わせたことを伝え、イリオスは自分の側近の失態を自ら詫びたい、加えて婚約者の側についていたいという口実を述べ、お父様が帰宅されるまで我が家に留まることとなった。
これが、クロノの立てた計画。
曰く、『ミノちゃんに邪魔されてばっかでイチャれない二人をこっそりラブらせて、可愛いベビたん作ってアフェルナ姉様に続こうYO大作戦』だそうな。クソみたいな作戦名つけやがって。
しかし私としては、断る理由はない。イチャらないしラブらないし、可愛いベビたんならむしろお前がお兄様と作ってお手本みせろと叫びたいくらいだけど、イリオスに話したいことがたくさんあったから。
「にゃっはーん!」
「イリ、オッスー!」
医師の診察を終えて自室のソファで待機していると、報告を受けていそいそとイリオスがやってきた。
が、明るく元気に挨拶したのに、がっくり肩を落とされたよ。ここは空気を読んで『みゃっふーん! クラティ、ラッスー!』って返すところでしょうが。
「ちょっと……何でプルトナさんまでいるんですか?」
「何よぉ、アタシがいちゃ悪い?」
私の膝の上でふさふさと尻尾を振り、プルトナが牙を剥く。
「お母様が舞台鑑賞に出かけてるらしくて、暇そうに寝てたからお守り代わりに持ってきたの。いると何かと安心でしょ? ステファニは?」
むにゅーんとプルトナのグラマラスボディを抱き上げながら尋ねると、イリオスはにこやかに微笑んでから私の隣に腰を下ろした。
「ステファニなら、アズィムさんと真剣に話し込んでます……銀髪三兄弟のカップリングがどうとか、次兄は地雷だから二人兄弟設定にしようとか、設定を改変するくらいなら性格を改変すればいいとか何とか。固有名詞を出してないからバレてないと思って、こちらをチラチラ見ながら好き放題言ってましたよ。あんた、アズィムさんまで沼に引きずり落としてたんですねぇぇぇ……どこまで腐ってるんですかぁぁぁ? 無限かぁぁぁ、あんたの気持ち悪さはインフィニティなのかぁぁぁ?」
口元は笑みを保ったまま、おどろおどろしい声音と禍々しい目付きで凄むというイリオスお得意の怒りの表情に、私はプルトナと抱き合って震えた。
「そ、そうだ、寝室に移動しましょ? 向こうの方が話し声が外に漏れにくいし?」
こういう時は話題を変えるに限る。
そう考えて提案するや、プルトナは私の膝からどすんと床に飛び降りた。
「じゃ、アタシはここで見張っておくわ。大事な話なんでしょ? 前みたいに空間ごと精霊界に飛ばしてあげれば一番安全なんでしょうけど、いつ誰が来るかわからないものね」
え、こないだいた場所って、精霊界だったの!?
うわ、ドア開けて外に出るんだった! どんなとこか見てみたかったよーー!
「アタシ、耳と鼻は人間とは比べ物にならないくらい良いのよ。人が来そうになったら、声をかけるわね」
私達に向けて蒼い瞳をウィンクしてみせると、プルトナはドアの前まで行き、そこでどてんと転がった。
そりゃ猫だからさ……人より耳も鼻もいいだろうけど、プルトナのことだからそのまま寝そうな気がするんだ。
本当に任せて大丈夫かなぁ?
まぁあんなデカイのが転がってたら、ドアを開けられても中に入るのに手間取るだろうし、ドアストッパーとして少しの間の足止めにはなるよね。
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