腐令嬢、液状化す


「でも、ペテルゲ様は何故わざわざクラティラスさんにこのことを報告しに? ペテルゲ様が進言してくださったことは嬉しいですけど、ヴォリダ第一皇子殿下やヴォリダ帝国陛下が聞き入れていただけるかどうかはわからないんですよね? だったら、解決した後にお伝えしても良かったんじゃないですか?」



 リゲルの不安げな声に、私は我に返った。


 言われてみると確かに、ペテルゲ様がいちいち私に事前報告する意味はないよね。

 まだ結果は出ていないんだから、嫌な言い方をすれば『俺が動いてやったんだぞ』って恩着せがましくも受け取れる。結局何も解決しなくて、単にぬか喜びさせられただけってことにならないとも限らない。



「兄上達は全面的に俺の味方というわけではないが、以前からカミノスの存在を快く思っていない。だから俺の密告に喜んで飛び付き、皇帝陛下へお伝えしてくださるはずだ。しかしリゲルの言う通り、皇帝陛下がどう対処してくださるかは俺にもわからない。但し、カミノスには必ず確認を取るだろう。となると、俺が告げ口したことはバレる。それは覚悟の上なのだが……」



 ペテルゲ様はそこで言葉を区切り、私を真っ直ぐに見た。



「クラティラス、その時は君も気を付けてくれ。皇帝陛下から注意を受ければ、カミノスは大人しくなるかもしれない。しかし今度は、人目につかないところで嫌がらせをする可能性がある。俺の取った行動のせいで、君を危険に晒すかもしれない。そのことを早く伝えたかったんだ」



 私は息を飲んだ。


 以前、これと似た忠告を聞いた覚えがあるからだ。あれはそう、中等部二年の今頃、リゲルがいじめに遭った時だ。いじめの首謀者を血祭りにしてやろうと意気込む私を、ステファニが今のペテルゲ様と同じような台詞でたしなめたのだ。


 ペテルゲ様は自分のせいだと申し訳なく思っているようだけれど、彼が行動を起こしたのは元々私を守るためじゃない。自分の国のことを第一に考えたためだ。

 その影響で私に余波が及んでも彼に責任はないし、責められたくないなら最初から黙っておけばいい。なのに、ペテルゲ様はわざわざ前もってお知らせくださった。それは間違いなく、私を守りたいと考えてくれたからだ。



「ご心配くださり、ありがとうございます。私なら大丈夫です。このように頼りになる友もおりますし、これでも一爵令嬢ですから周辺の安全は保たれています。いざとなれば、イリオスだって助けてくれると思いますわ」



 ペテルゲ様の優しさに応えるべく、私は令嬢らしい可憐な笑顔でお礼を告げた。


 あれ? まともに令嬢っぽく受け答えできたのって、今が初めてじゃね? 思えば初対面からずっと、ろくなところを見せてなかった気がする。


 推しの前ではドジっ子になっちゃうなんて、私ってば乙女じゃーん!


 けれどペテルゲ様は表情を緩めず、私に顔を寄せて密やかに囁いた。



「もう一つ、伝えておく。カミノスは『魔法を使える』。隠しているわけではないものの、この国では知っている者は少ない。アステリア王国では、魔法は禁忌とされているからな。そのせいで皇帝陛下もこの国での使用は禁じているが、あの性格だ。隠れて何をするかわからない。どうかくれぐれも用心してくれ」


「は、はひぃぃ……」



 いや、ものすごく重要なことを言われたってのはわかってる!


 でも推しフェイスをこんな至近距離で見て、推しボイスをこんな耳元で聞いたら、溶解して液状化しても仕方ないでしょ!! 変な声になったけど、返事できただけでもマシだと思うの!!


 ペテルゲ様はどろどろに溶けて液状化しかけている私から身を離すと、膝の上に乗せていたお弁当箱に手を伸ばした。そして最後に一つ残しておいた卵焼きを取り、麗しい形をしたお口に放り込む。



「うん、美味い。これが君の家の味……っうげ!? かっらーー! いってぇーー! またかよぉぉぉ!!!!」



 再び悶絶するペテルゲ様を見て、私は静かに額を押さえた。


 イシメリアめ、また例のやつをやりやがったな? 私が午後の授業は居眠りしがちだと学校から注意を受けて以来、たまに作るんだよね……一つだけ目が覚めるくらいの激辛料理を忍ばせた、爆弾ルーレット弁当ってやつを。


 しばらくなかったせいで、油断してたよ。もうやらないと思ってたのに、まさかのペテルゲ様が高等部第一弾の当たりを引いちゃうとはね!



 水の入ったデキャンタはステファニが私に注ぎ尽くして空になっていたので、ペテルゲ様は半泣きの状態で私達の元を去っていった。


 いろいろと申し訳ないことをしたわ……本当にごめんね、ペテルゲ様。お詫びに今度はゲームでもお好きだった、購買のホワイトチョコココアをデキャンタで奢りますね……。



『うん、美味い。これが君の家の味なのだな。ああ、すまない。あまりにも美味しそうだったから……良かったらもう一つ、食べさせてくれないか?』



 というわけで、ヒロインと最初に交わすゲームのペテルゲ様の台詞は、結局最後まで聞くことはできなかった。

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