腐令嬢、喉焼く
「ちょっと味が物足りなかったんで唐辛子を少し足したんですけど、このくらいの辛さなら大したことないですよねぇ?」
もしゃもしゃと自作のアゲチキを味見しながら、リゲルがぼやく。
「そうですね。唐辛子五倍程度の適度な辛さです。私はもう少し辛い方が好みですね。ペテルゲ様は舌が軟弱なのではありませんか? 肉体だけでなく、内臓ももっと鍛えるべきです」
ステファニもアゲチキをつまみつつ、隣に座るペテルゲ様に冷ややかな視線を浴びせる。
やめなさいよ、ペテルゲ様はこんなワイルドな見た目をして超甘党なのよ。ゲームでも、カレーすら甘口じゃないと食べられないって可愛いこと言ってたんだからね。
しかし私の方もペテルゲ様を擁護するどころじゃなかった。
何なの、これ……アホほど辛くて、死にそう。
こんなの甘党のペテルゲ様には地獄の責苦に等しいよ。道理で本家のアゲアゲチキンに比べて赤っぽいはずだよ。なぁにぃが唐辛子を少し足したんですぅ〜だよ。少しどころじゃないだろ、これ。
でもリゲルが私のために作ってくれたんだ、残すわけにいかない。ああもう、クッソ辛い! どうして素人判断で味変するかな!? 秘伝のタレが台無しじゃないの!!
「あ、ああ、ステファニを見習って、内臓も強化しないとな。少しずつ、辛いものにも挑戦していくよ……」
ペテルゲ様、そんな律儀かつ前向きに取り組む姿勢を表明しなくていいっすよ。こいつらの舌がバカなだけなんですから!
しかしそんなツッコミを入れる余裕すらない。涙を流し、くちびるを腫らし、口腔内と食道を焼いて燃やして火を噴くような思いをしながら、私は十個――からペテルゲ様が一つつまみ食いしてくれたおかげで一つ減って九個になったリゲル特製激辛アゲアゲチキン相手に格闘した。
その間に、リゲルとペテルゲ様はステファニを介して自己紹介を済ませた――のだが。
「ペテルゲ様は、カミノス様のお義兄様でいらっしゃるのですよね? でしたら、妹君の行動をたしなめてください。たとえ皇女殿下とはいえ、婚約者のいる方に恋慕なさるなんてレディとして、いえ人としてあるまじき行為です!」
「い、いや、それはよく存じている。リゲルの言う通りだと思うよ、うん。だから俺も、クラティラスを心配して……」
「心配だけなら誰でもできますよ! 今朝もクラティラスさんは、涙に濡れた悲しげな眼差しでイリオス殿下の後ろ姿を見送ってました。言いたいことも言えず、伝えたい言葉も伝えられない……クラスの皆も、そんなクラティラス様の姿に心痛めてるんですからね!」
相手がヴォリダ帝国の第四皇子だと知っても、リゲルは引くどころか、貴様が責任を取れと言わんばかりにガブガブ噛み付いた。
ステファニはカミノス様とペテルゲ様が兄妹といっても上下関係があると知っている。なので、我関せずといった感じでもくもくランチを食べてスルーしていた。けれど彼女にも思うところはあったらしく、口出しはしないものの目では『いいぞもっとやれ』とリゲルを応援しているといった状況だ。
あーあ、リゲルの剣幕に押されて、ペテルゲ様たじたじになってるじゃないの……そんなペテルゲ様も素敵ねえ……っておい、待て。私が泣きながらイリオスを見つめてたって何? 寝耳に水、お口に辛チキだよ!
それ、ただの誤解だし。涙目になってたのは、カミノス様の前で欠伸なんかしたら怒られると思って、我慢してたせいなんだけど? わざわざイリオスを見てたのは、教室から出ていってくれたかどうか確認するためだったんだけど?
なのに皆の目には、そんなふうに見えてたの?
やっぱり高校生にもなると、何でもかんでもロマンチックな方面にしたくものなのね……って感心してる場合じゃないわ!
やだ、私ってばもう既に悲劇のヒロインに仕立てあげられてるじゃん。これは冗談抜きでやばいぞ。本格的に悪役令嬢交代の危機だ!
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