腐令嬢、ランチす
「ふあー、今日もいい天気! ランチ日和だねぇー!」
青く澄み渡った空を仰げば、口にする食事の味も普段よりうまし。心地良い陽射しとあたたかな春風のフレーバーが加わると、美味しい卵焼きがさらに絶品となるってものよ。
「クラティラス様は、雨が降ろうが槍が降ろうがいつでもランチ日和じゃないですか」
「そうですよ。逆に聞きますけれど、クラティラスさんのランチ日和じゃない時っていつなんですか?」
左側からステファニが、右側からリゲルが呆れたような視線に似合いの声音で物申す。
こいつら……私のこと、エブリデイがランチ日和な食い意地張りティラスとでも思ってるの? 間違ってはないけど、いいお天気の中で食べるご飯は美味しいじゃない。そこだけは同意してくれたっていいじゃない……。
「ところでクラティラス様、例の件ですが……思いっ切りいって、大丈夫ですか?」
声を潜め、ついでに王宮から持参させられたというゴージャスランチボックスからプチトマトと鶏肉のトマト煮を私の弁当箱にぽいぽい放り込みながら、ステファニが囁く。
トマトが嫌いだからって、何の断りもなくナチュラルに寄越してくるなよなー。私はトマト好きだし、王室御用達シェフのお料理を味わえるからバッチコイだけどさー。
「ええ、構わないわ。体だけは丈夫だと、あなたもよく知っているでしょう?」
私もランチの手を休め、小声で答えて頷く。
「クラティラスさん、きっとうまくいきますよ。あたし達がついてます」
リゲルはそう言って力強く胸を叩き、それから傍らに置いていたランチバッグからもう一つお弁当箱を取り出した。
「これ、食べてください。クラティラスさんに少しでも元気を出してほしくて、頑張って作ってみたんです」
途端に私のテンションは爆上がりした。
うひょ~! ヒロインの手作り弁当だとよ! 全攻略対象者達の誰より先にゲットだぜ!
そういえばリゲルの手料理を食べるのって、何気に初めてじゃない? うわぁ、楽しみ!
しかし可愛らしいピンクのボックスを開いた私は、ウキウキ笑顔のまま固まった。
何ぞ、これ。
ぎっちり詰まった揚げ物で、真っ茶色なんすけど。体育会系男子の弁当だって、もうちょい彩りあるよ。この子、本当にこれと決めたらとことん一直線なんだなぁ……。
「クラティラスさんの好物のアゲアゲチキンです。レオのお母さんほど上手には揚げられませんでしたけど、レオから秘伝のタレをこっそり横流ししてもらって作ったんで味は近いかと」
リゲルの説明に、私の喉から乾いた笑いが溢れた。
いくら好きな子にお願いされたからって、秘伝のタレを横流ししちゃイカンでしょ。レオって悪い女に捕まったら、唆されてあっさり身を持ち崩すタイプだな……将来が心配だわ。
だが、今のところレオはリゲル一筋だ。横流し云々は聞かなかったことにして、リゲル初挑戦だというアゲアゲチキンをいただくとしよう。
「うん、美味い。……え? 何だこれ……うえっええっぐえええええ!!」
ぱくりと一口でアゲチキを食べるや、突然蹲って悶え苦しみ始めた――のは、私じゃない。私達が座っていたベンチの後ろから、勝手に手を伸ばしてきた狼藉者だ。
文句を言おうと振り返った私は、既視感を覚えて言葉を飲み込んだ。
ゲームでも、校庭の片隅のベンチで一人ランチをしていた時に、リゲルのお弁当に手を出してくる人物がいた。
でもそれは五月も半ばも過ぎた今日ではなく、入学式当日で――。
「み、水……水をくれないか。し、舌ががが、痛たたたたた!」
ハリのあるバリトンのイケボは掠れてひっくり返ってとんでもない音声になっていた。けれど、俯いて震える艷やかな黒髪とこちらに伸ばした手が褐色だったことから、即座に相手が遅ればせながらヒロインとの出会いを果たすために現れた攻略対象であることがわかった。
「ペテルゲ様!?」
私が名を呼ぶと、ペテルゲ様は涙で潤んだ碧の瞳をこちらに向け、力なく微笑んだ。
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