腐令嬢、舞い落ちる
仕方なく私は蝶の舞のまま、イリオスとカミノス様の元へと戻った。
二人はちょっと呆然としていたけれど、きっと私の舞に見とれたせいだろう。ごめんね、クラティラスってばできる子だからさ。
「ええと……そう! わたくしの自己紹介がまだでしたわよね? わたくしはカミノス・トゥリパ・ヴォリダ。ヴォリダ帝国第一皇女ですわ。この度ようやく留学が認められ、来週からはあなた方と同じアステリア学園高等部の一年生となります。どうぞお見知りおきを」
金色の扇子で口元を隠していたけれども、カミノス様の紅の瞳が嫌な形に歪んだため挑発的に笑ったのはわかった。
「は、はい、イリオスから聞いて存じておりました。どうぞよろしくお願いいたします」
言葉を選んだら、ものすごくテンプレートな返答になってしまった。でもこれなら特に怒らせることは……。
「誰があなたなどとよろしくするものですか! 調子に乗らないでちょうだい!」
うわ、そうくる!? まさかテンプレ挨拶にも噛み付かれるとは思わなかったぞ!
「し、失礼いたしました。では、よろしくしてくださらなくて結構です」
カミノス様の要求に従い、私はよろしく発言を撤回した。
「はああ!? あなた、わたくしとはよろしくしたくない、そう言いたいの!?」
ダメだ、これ悪質なクレーマーと同じだ。ちゃんとカプ表記も注意書きもしてたのに、地雷踏まされた! ってキレてきた毒者と同じパターンだ。
あの時はどうしたっけ? ええと、確か……。
「そ、そういうわけではありません。ええと、よろしくしたいのですけれど、無理によろしくしてくださらなくてもいいと言いますか、私のよろしくしたい気持ちはいつでも蝶のように舞っておりますので、もしカミノス様によろしくなさりたいお気持ちが芽生えて羽ばたくことがありましたら、よろしくしていただければ嬉しいかと」
「あなたは一体何を言っているの!? ちゃんと説明なさい!」
ひい! 回りくどい言い方で煙に巻く作戦も通用しないとな!?
もう、どうしろと……私にはこれ以上、クレーマー対応用の引き出しがないよ……!
「カミノス、やめないか」
オロオロするしかできなくなった私の耳に、胸をじんと打つような強い響きのある低音ボイスが降ってきた。
この声……聞き覚えがある。転生して初めて聞いたはずなのに、ずっと前から知ってる。何度も何度もイヤホンで聞いてはニヤニヤしたものだ。だって、この声の主は――。
「周りを見てみろ。このやり取りを聞いていた皆様が、お前の理不尽な物言いに呆れ返っているのがわからないか?」
聞き惚れ不可避な雄々しく美しい調べで言葉を奏でながら、その人は人波を縫って現れた。
軍服をベースにデザインしたと思われるヴォリダ帝国礼装は、とにかくカッコ良いの一言に尽きる。首の詰まった襟元、全体的にタイトでハイウエストに作られたシルエットが威厳と格式の高さを演出し、ブラックの生地にダブルのボタンとバックルの金、そしてヴォリダ帝国の国旗の腕章とパイピングの赤がとてもよく映えた。
こんなにもカッコ良い装いを、さらりと着こなせる者はこの世界にただ一人!
「お前は現ヴォリダ帝国唯一の皇女、注目を集める存在だ。ゆえに国の品位を落とすような真似はくれぐれも控えるようにと、皇帝陛下も仰っていただろう? 留学が取り消しになっても知らないぞ?」
艶めく黒髪と褐色の肌に、凛々しいラインを描く目元から碧い瞳が鮮やかな色彩を放つ。
「ペテルゲ様……」
空気のように佇んでいたイリオスが、そっと名を呼ぶ。アンビリバボーで信じられなかった私も、これでやっと現実を受け入れることができた。
ペテルゲ様や……本物のペテルゲ・マグノリア・ヴォリダ第四皇子様や……!!
かっけーーーー!!
とうっとーーーー!!
やっべぇぇーーーーい!!
すっげぇぇーーーーい!!
やっぱり死ぬほど推せるーー!!!!
「お義兄様、わたくしにそんなことを言っていいの? わたくしが皆の前でいじめられたとお父様に告げ口したら、お義兄様の方こそどうなることでしょうね?」
しかしカミノス様はペテルゲ様の注意に狼狽えもせず、フンと鼻を鳴らして嘲るように笑った。
こいつ、マジで頭悪いな。こんなにもイケてる兄がいるってのに、その有難みがわからないの?
ここは素直にゴメンナサイして、いいこいいこナデナデしてもらうところだろうが! 私だったら妹の特権を最大に駆使して、ベタベタイチャイチャ甘え倒すわ!
「カミノス、お前は皇帝陛下を侮っているのか? いくらお気に入りだからといって、何をしても許されるわけではない。今こんな小さなことで嘘をついて、皇帝陛下の御心に疑念を植え付けるのは、お前にとっても得策ではないと思うぞ。『過去にお気に入りだった者達』が身の程を弁えずに行動した挙句どうなったか、知らないわけではないだろう? お前もしかと心得ておけ。その地位に少しでも長くいたいならな」
生意気な妹の扱いには慣れていらっしゃるようで、ペテルゲ様は冷ややかに受け流した。
するとカミノス様はキッと何故か何も言っていない私を睨んでから、ドレスの裾を翻してどこかへと去っていった。
ペテルゲ様はそんなカミノス様の後ろ姿をやれやれといった風に見送ってから、再びこちらを向いた。そして歩み寄ってくる。
ひぃやぁぁ……推し、推しが、推しが近っ、推しが近付いてきききっ……推し推し推しが……!!
「ようイリオス、久しぶり……といっても二ヶ月ほどか。さあさあ、俺にも紹介してくれよ。ずっと楽しみにしてたんだぜ、お前の可愛い婚約者に会える時をさ」
先程までとはうってかわり、ペテルゲ様は急に人懐こい笑顔になってイリオスの脇腹を肘でゴリゴリやり始めた。
「ちょ……やめてくださいよ、ペテルゲ様。言われなくても、ちゃんと紹介しますから」
「うるせー、どれだけこの時を待たされたと思ってるんだ? おりゃ、ここか? ここがいいのか?」
「いいわけないでしょうが! 痛くて気持ち悪いだけです!」
「触られるのは嫌いだとか言ってたけど、婚約者とはイチャイチャしてるんだろ? だったら俺も少しくらいいいじゃないかー」
どうやらペテルゲ様は、イリオスが接触嫌悪症をこじらせているのをご存知らしい。それを打ち明けたということは、イリオスもペテルゲ様に心を許しているからで……。
まさかのペテルゲ✕イリオス……だと?
何よ、イリオスってばペテルゲ様とこんなに仲良しだなんて教えてくれなかったじゃない。ペテイリなんて想像したこともなかったのに、すごく……いいじゃない!!
「お、おい……婚約者さん、大丈夫か? 何か顔が赤くて息も荒くなって……」
ペテルゲ様が側にいた私の異変に気付いたようだ。
「あー、はいはい。きっとカミノス様とのやり取りでの緊張が解けて、今になってほっとしたんでしょうねー」
イリオスは私が萌えによる動悸息切れ目眩の諸症状にやられてるとわかったようで、心底嫌そうな顔で答えた。
「さくっとご紹介しますね。こちら、クラティラス・レヴァンタ一爵令嬢。僕の婚約者で、ペテルゲ様とも学友になります。ほらクラティラスさん、とっとと挨拶してください。早く速やかにハリーアップ!」
舌を噛みそうなほど早口で急かしたのも、妄想の世界に突入しかけた私を引き戻そうとしてくれたからだろう。
でも、もうダメだ。もう遅い。もう無理。無理ンリンリンリン……!
「は、はひぃ……わらしは……クラ、クラティラン……クラランラン、ララララーーン……ランラララーーン……ラララ〜ルルル〜ラララ〜……」
名乗るに名乗れぬまま、よくわからない歌を歌いながら私の意識は落ちた。
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