腐令嬢、舞い踊る
会場となる大広間は、この国の贅を凝縮したように華々しく賑やかで、それでいて高貴な雰囲気に満ちていた。
ここに集まっているのは、当然ながら貴族の紳士淑女。しかもその令息令嬢は、アステリア王国一のエリート校・アステリア学園の生徒ばかり。そりゃ空気にも知的なムードが漂いますわよね。
見知った学友の顔もあったけれど、私は軽く一言二言の挨拶を交わすだけに留め、イリオスの歩みに任せて奥へと進んだ。
「イリオス!」
明るい声が、縋るように掴み続けていた腕の主の名を呼ぶ。綺麗に割れた人波から飛び込んできたのは、ペテルゲ様とお揃いの、褐色の肌と黒髪を持つ美女。
スパイラルパーマをかけたような長いカーリーヘアを靡かせて走り寄ってきた彼女は、その勢いのままイリオスに抱き着いた。
「イリオス、会いたかったわ! 立派なレディになるまで我慢しようと考えていたけれど、春休みに会いに来てくれたあなたを見て、やっぱり側にいたいと思ったの。それで今回の留学を決めたのよ。これからは、ずっと一緒にいられるわ。あなたも喜んでくださっているわよね?」
チラリと、彼女が私を見る。挨拶代わりの嫌味……というより、真正面からの牽制だ。
けれど私はいきなりの先制攻撃よりも、彼女の瞳に驚いた。イリオスと同じ、血が透けたような紅の色を宿していたからだ。
瞳に合わせたのか、ベルラインの豪奢なドレスも真紅だ。これも『イリオスとお似合いなのはあなたではなく自分ですから』というアピール行動の一つなのかもしれない。
間違いなく、この褐色美少女こそがカミノス・トゥリパ・ヴォリダ。
血族の者であろうと不要と判断すれば容赦なく切り捨てる、冷酷無比と名高いヴォリダ帝国皇帝陛下の寵愛を一身に受ける待望の第一皇女。
イリオスの話によると、彼女は幼い頃から自分の兄達よりもアステリア王国の王子達を慕っていたという。中でも特に、歳の近いイリオスに懐いていたらしい。また事故で亡くなったアステリア王国の王女・セリニ様とも仲が良かったんだとか。
「カミノス様、ようこそアステリア王国へおいでくださいました。ええ、もちろんです。僕もあなたにまたこうしてお会いできて、とても嬉しく思っております」
人に触れられるのが大嫌いなはずなのに、イリオスは抱き着いて離れないカミノス様に穏やかに微笑んで優しく答えた。
だけど、必死に堪えているのは私にもわかっている。組んでいた腕が、ぐっと強張った感覚が伝わってきたから。
カミノス様は最初に一瞥したきり、イリオスの隣にいる私をいないものとして扱い、華麗に無視して楽しげに話し続けた。イリオスも彼女に合わせ、笑顔で応じる。
そんな中で私にできることといったら、顔面を微笑の形に保ったまま、黙って二人の仲睦まじい様子を眺め続けるくらいだ。暇で暇で仕方ないけど、勝手にこの場を離れるわけにもいかない。
そうだなぁ、カミノス様を脳内で男体化させて、押しの強い受けにたじたじになるイリオスっていう単純明快なBLは……うん、悪くないな。王道って感じでいいよね。テンプレな展開に走りがちなのは否めないけど、安定感のある面白さで安心してニラニラできる。これならしばらく笑顔を継続できそうだ。
勝手に二人の話に割り込んだ挙句に、うっかり失言でもかましてカミノス様の機嫌を損ねてしまっては大変だ。カミノス様のおかげで、ヴォリダ皇帝陛下がアステリア王国をいろいろと贔屓にしているところもあるってイリオスから脅されてるわけですし。だったらBL妄想してニヨニヨしてるのが、一番安全で平和よね!
「それにしても、アステリア王国には久々に来たけれど相変わらず女性の質が低いのね。ざっと見た感じ、レディと認められるのはスタフィス様くらいよ。イリオス、本当にこの国の女と結婚するの? 今からでも遅くないわ、考え直すべきよ。存在を認識することすら脳が拒絶する低能の不細工と子を成すなんて、あなたの血がもったいないわ」
カミノス様や、存在を認識できないのなら不細工かどうかもわからないのでは? という突っ込みが喉から出かかったけれど、私は慌てて飲み込んだ。イリオスも頑張って我慢してるんだから、私だってこの突っ込んではいけない耐久レースに負けるわけにはいかない。
しかし、ここまで露骨にくるとは思わなかったなぁ。イリオスの奴、なぁにぃが『昔から自分にちょっと気があるような雰囲気だから、婚約者のクラティラスさんはキツく当たられるかもしれない』だよ。ちょっとどころかモロじゃん。イリオス好き好き大好き、隣のおめぇは邪魔だ目障りだ消え失せろオーラムンムンじゃん。
アステリア王国の令嬢は婉曲な嫌味の遠隔攻撃で戦うけど、ヴォリダ帝国のお嬢様方はどストレートな無視と悪口で積極的に殴りに行く感じなのかな。カミノス様がそういう性格だってだけしれないけど、そっちの方がわかりやすくて私的には好ましい。
おっ、カミノス様の男体化、カミノオ様は戦闘民族って設定にしてもいいんじゃない? となると当て馬の私も、男体化させてクラティオスになった方がいいよね。女子を殴って排除する受けは、さすがに需要が厳しい気が……いや、新たな受けタイプとして挑戦してみる価値はある。相手が女子どもでも容赦しない暴虐非道な受けかぁ。ヤンデレ受け好きな人とかウジウジ受けが嫌いな人とかには、人気出る可能性あるかなぁ。今度リゲルに相談してみよう。
「ところでイリオス、その隣にくっつけているゴミはなぁに? わたくしが扇子で扇いで、遠くへ飛ばしてあげますわね」
やっと私へのフリが来たわ! 待ってました、カモンバッチコイですことよ!
「あ、ああ、ご紹介が遅れて申し訳ございません。こちらはクラティラス・レヴァンタ一爵令嬢、僕の婚約者で……っ!?」
「およよよよ〜、ほよよよよよ〜」
イリオスがみなまで言い終える前に、カミノス様が金色の扇子をこちらに向けて振ったので、私はそれに乗ってあたかも飛ばされたかのように、ゆらゆら揺れながら背後へと下がった。そのままか細い声を上げつつ、二人からゆっくりと離れていく。
イメージはズバリ、死にかけても尚美しく羽ばたく蝶。儚さの中にも上品さを演出しようと心掛けて指先にまで神経を行き渡らせて手足を動かしたから、きっとうまく表現できたはずだ。鬼講師による過酷なダンスの特訓の成果だね!
令嬢としての品位を保ちつつ、か弱さまで演出しての離脱。これならカミノス様にもご満足いただけただろう。
イリオスには申し訳ないけど、カミノス様は彼の婚約者である私に会うという目的を達成した。なので私は用済み、長居は無用だ。あとは若い二人にお任せしましょう。お二人にはなるべく近付かないように気を付けて、紅薔薇の面子でも探して時間を潰しましょう。
そうしまちょう、そうしまちょうちょ……と、私は優美に舞い踊りながら人混みに紛れようとした――のだが。
「お待ちなさい、クラティラス・レヴァンタ!」
良く言えばアニメの萌えボイス、悪く言えば高すぎて耳に障る声がマイネームをコールする。
はい、カミノス様でいらっしゃいます。カミノス様によるご指名です。
えぇ〜……まだ私に何か用があるのぉぉぉ……? もう勘弁してほしいのですが。
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