腐令嬢、回れ右できず
「ヴァリティタ様の件、何とかなりませんかね? 学校でも事あるごとにアピールされて、非常に非常に、ひっじょぉぉぉに困ってるんですが?」
「申し訳ないけど諦めて……私と婚約してる間限定だろうから、あと三年もすれば終わるよ。それまで適当に躱しといておくんなまし」
「三年ですかぁぁぁ……長いようで短いようで、長い、んですかね」
私の命の期限でもあると悟ったんだろう、イリオスは言葉を濁した。
会場に入る前に少し話そうと誘われ、連れられたのは色とりどりの花が咲き乱れる美しい庭園。
ここはディアス殿下の正妃で私の
ちなみに現在、立ち入りが許されているのはイリオスとスタフィス王妃陛下のみなんだって。クロノとディアス殿下は近くでバスケして遊んでいた時にボールを飛ばして鉢を割って出禁に、国王陛下はこの庭を訪れた時に感動のあまり側転したものの失敗して、ケツで花壇に着地して花を折って出禁にされたんだと。何だかんだ王室ファミリーは愉快で平和よね。
一応私はイリオスが前もって許可を取ってくれたというから、入るのは大丈夫みたい。でも、花には触れないように気を付けよう……アフェルナって見た目はほよほよゆるふわ系だけど、中身はとんでもなく恐ろしい悪魔だからなぁ。怒らせたら、死亡エンド前に殺されるかも。
イリオスが不安げにこちらを見ているので、気にしてないよと言いたかったけど、ごめん……本当はちょっと気にしてる。
とはいえ暗い雰囲気になるのも嫌だったので、私は代わりに疑問に思っていたことを尋ねた。
「ところで、どうしてこんなに突然パーティーを開くことになったの? 聞いた話だと、アステリア学園高等部一年生の令息令嬢のほとんど全員が招かれているそうじゃない。招待された側もわちゃわちゃしてたけど、王宮の方でも準備が大変だったでしょ?」
「無理を押してでも開かなくてはならなかったんですよ。ヴォリダ帝国皇帝陛下からの依頼でしたので」
イリオスが苦笑いして答える。ヒェッ……お隣さんの大国からの指示なら、そりゃ仕方ないな。
でもペテルゲ様って、ヴォリダ帝国の皇子の中でも序列が低いせいで、皇帝からは関心を持たれていなかったよね?
ゲームでも『皇子とは名ばかり、皇帝陛下も自分には目をかけていないから後継者争いに巻き込まれることもない。気ままなものさ』って言っていたし。なのに皇帝陛下は、何で目もかけていないペテルゲ様の歓迎会を開くよう訴えてきたんだろう? 国の威信とかプライド的なものとかなのかな?
「あの……クラティラスさん」
「何かね、イリオス」
二人きりになったことだし、そろそろ『そのドレスいいじゃん! ドレスに合わせたアップスタイルのヘアもいいじゃん!』と褒めちぎり萌え倒しにくるかと見上げたら、イリオスの横顔は固く強張っていた。
「できるだけ、僕から離れないでください。そしてできるだけ、大人しくしていてください。くれぐれも感情に任せて無謀な行動を取らないように。取り返しがつかないことになりますから」
「なぁに? 生ペテルゲ様に萌え散らかすあまり、やべー妄想を口走らないように気を付けろって言ってんの? そこはさすがに心得てるよ。こんな公の場でヴォリダに喧嘩売るほどバカじゃないって」
からから笑って、私は受け流した。が、イリオスの表情は少しも緩まない。
「ペテルゲ様は僕とも長らく親交がありますし、軽口を叩いたくらいで怒るような人じゃありません。問題は、彼と同じ年齢の妹君なんです」
はい? ペテルゲ様の妹とは何ぞや?
「カミノス・トゥリパ・ヴォリダ第一皇女。ペテルゲ様の誕生から数ヶ月後に生まれた、彼にとっては腹違いの妹です。そして現ヴォリダ家唯一の皇女で、皇帝陛下が目に入れても痛くないほど溺愛している存在……今回のパーティーは、彼女のために開かれたんですよ」
と言いますと?
「カミノス様も急遽、アステリア学園高等部に体験留学という形で編入することが決まったんです。そのせいで、正規の留学生として手続きしていたペテルゲ様の入学まで遅れたようで」
うっわ、妹さんったらかなりのトラブルメーカーじゃん。
目で訴える私の心の声を読み、イリオスは溜息を吐いた。
「ステファニには、今回のパーティー出席は控えさせました。彼女もカミノス様を苦手としてますし、カミノス様もステファニをあまり気に入っていませんから」
「ちょちょちょっと待って? そこまでやる上に私にもわざわざ注意喚起するってことは、本日はそのお方も会場にいらっしゃるんですよね? だったら私も回れ右して帰りますわ。地雷があるとわかってて飛び込むほど、自分寿命に余裕ないんで!」
慌ててイリオスの腕から手を離して回れ右しようとしたけれど、奴は脇をきっちり締めて逃さなかった。
「そういうわけにはいかないんですよ」
イリオスは私に視線を落とし、静かな声音で告げた。
「このパーティーは、カミノス様があなたと会うために企画したものですからね」
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