腐女子ミーツ御本尊

腐令嬢、息合う


 四月も、もう終わり。


 我が部活『花園の宴 紅薔薇支部』の方は、中等部高等部両方の校舎で勧誘を頑張ったものの、今年もうまくいかなかった。


 でもね、レオが約束通り入部してくれたの。リゲルの側にいたいっていう不純な動機かつ活動内容をよくわかっていないみたいだったけど、おかげでトカナ以降ずっと新入部員ゼロという不本意な記録更新に終止符を打つことができたよ。サヴラが海外に行って抜けちゃったから、プラマイゼロなんだけどね。


 ああ、イリオスの白百合支部は今年も入部希望者が殺到して大盛況だったようですわよ。もちろん、王子目当ての女子ばかりだったらしいけれどね。どうせ白百合恒例の圧迫面接で落とされるってのに……でもその圧迫面接で王子を拝めることも、ご褒美なのかもなー。


 ところで、お兄様が紅薔薇支部に入ろうとしてきたのには参ったわ!


 そりゃお兄様にもBLの素晴らしさを理解してもらって、共に沼落ちしてくれたら嬉しいよ。だけどそれより、お兄様を妄想に使えなくなる方が痛いもの。特にヴァリティタ✕ネフェロの固定カプで生きてるアンドリアが活動しにくくなると思うし、それにアンドリアってご本尊のお兄様を前にするとまともに呼吸もできなくなるから体が保たないと思うのよね……。



 そしてやってきた、四月末日。この日は大神おおかみ那央なお江宮えみや大河たいがの命日であり、三年後にはクラティラス・レヴァンタの命日ともなる日だ。


 まだまだ先だと思っていたのに、ついにリミットは三年を切った。三年後の私は、どんな気持ちでこの日に臨むんだろう? 死の淵を乗り越えて、翌日から始まる五月を迎えられるんだろうか?



 なーんて、おセンチ様気取って黄昏てる場合じゃないんですよね!


 はぁ……どうしてこんなことになったんだ?



 何度目になるかわからない溜息を落とし、私は車のフロントガラスに迫る王宮へと続く壮大な門に目をやった。今夜、これから王宮にて招待制の特別パーティーが開催されるのだ。私もそれにお呼ばれしたんだけれど、いつになくとても緊張している。


 パーティーというのは、非常に面倒臭いものだ。とはいえ、さすがにもう慣れた。イリオスと婚約してからもパーティーにはよく出席していたし、デビュタントボール以降なんて、ほぼ毎週いろんなパーティーに顔出しさせられたし。

 おかげで、相手の顔や名前を覚えるコツも掴めるようになった。オホホと笑いながらお世辞を繰り出すこともできるようになった。誰も見ていない隙をついて食物を掠め取って口に放り込み、一気に食べて飲み込む技も習得した。


 だけど今日はこれまで培ってきたテクニックなんかきっと役に立たない。


 何たって、今夜のパーティーは『ヴォリダ帝国第四皇子の来国を祝う会』なんだから!



 お父様から聞いたのは一昨日、実際に王宮から招待状が届いたのは昨日だった。いきなり入学式直前で不登校児となったペテルゲ様だったが、ようやくアステリア王国へやって来ることができたらしい。


 にしても、何でもかんでも急すぎやしませんかね?


 新たにドレスをオーダーする時間なんて、あるわけがない。しかしそこはイシメリアが得意の裁縫テクニックで、手持ちのドレスをほぼ徹夜でリメイクしてくれた。元はエンパイアラインだったものをマーメイドラインに仕立て直し、裁断して余った布をビスチェ部分に被せるように縫い合わせて優雅なドレープが胸元を彩るオフショルダータイプに作り変えたりとまあすごかった。『新しいドレスが作れないとクラティラスの可愛さを皆に理解してもらえないかもしれないぃぃぃ』と嘆いていたお母様も、これには感激してたよ。

 ラメが入ったサテン生地の紺のドレスはあまり好きじゃなくてずっとお蔵入りしていたんけれど、イシメリアのおかげで驚くほど洗練された雰囲気に仕上がった。イシメリア曰く、成人したのだからこのくらい大人っぽいドレスにした方がウケが良いだろうとのこと。


 確かに初めて生のペテルゲ様にお会いするのだから、なるべく美しく着飾って出来る限り好印象を与えるべきだ。


 だってペテルゲ様も、ゲームの攻略対象の一人。ヒロインであるリゲルと会う前に、仲良くなっておいて損はない。



「クラティラスさん、ようこそようこそ。おやまあ、今夜はいつもに増してお美しい。さあさあさあ、僕がエスコートしましょう。行きましょう行きましょう、とっとと行きましょうぞ」



 宮殿内に入るや、ものっすごい早足で近付いてきたイリオスがものっすごい早口で、ものっすごい雑に挨拶して私に手を伸べた。



「イリオス殿下、本日はお招きくださりありがとうございます。ああ、今宵の装いも素晴らしい。毎日お顔を拝見しておりますが、改めて見惚れてしまいました。ここに来るまでの間、美しい月を堪能してまいりましたが、殿下の麗しさにはとても敵いません」



 久しぶりに見るいかにも王子様な礼装姿のイリオスに、歯の浮くような台詞を吐いたのは私ではない。車からエスコートしてくださっていた、お兄様である。



「アー、ソーデスカー……ありがとうゴザイマスー。ヴァリティタ様もその、何かイー感じ? だと思いマスデスヨ……エエ、ハイ」



 途端にイリオスは頬を引き攣らせ、パーティーでは恒例の五枚重ね手袋で防御したもっこりハンドで私のロンググローブで包まれた手を取った。



「行きますぞ、クラティラスさん!」


「御意ですわ、イリオス! それじゃお兄様、また後で!」



 お兄様がさらに物申す前にがっちり腕を組むと、私とイリオスは高速でその場を離れた。


 こういう時だけは何故か、我々の息はピッタリ合うのである。

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