腐令嬢、愛想笑う


「前世のゲーム、ねぇ……」



 プルトナが泣き止むまでの間、私とイリオスは前世の記憶について話し、ついでにここが私達のいた現代日本に存在した『アステリア学園物語〜星花せいかの恋魔法譚〜』なるゲームと酷似する世界だということも打ち明けた。


 イリオスのナデナデと私のケツモミで平常心を取り戻したプルトナは、ぶんぶんともっさりした尻尾を振って興味を示してきた。



「ゲームの結末では、クラティラスは必ず死ぬ。だけどリゲルは必ず誰かと結ばれて結婚式エンド……って、いろいろと厳しすぎない? おまけに続編はヴァリティタが主役の戦記ものだなんて、落差が激しすぎるわよ。この国のお芝居なら、続編やスピンオフは前作のジャンルからあまり外れないようになっているわ。そうしないと前作のファンがついてこないもの。あなた達の世界では違ったのかしら?」



 プルトナの指摘は最もだ。


 ゲームで一番人気のお兄様を主役にしたかったのだとしても、ファンは乙女ゲームのプレイヤー達。ノベライズ市場に進出するなら、続編も恋愛をベースにするのが普通だ。乙女ゲームをプレイする層と戦記もののラノベを読む層は異なる。制作者は何を考えて、こんなに大きく路線を変更したんだろう?


 ゲームは『乙女にこどももおとなも関係ない! 誰でもキュンキュンできる乙女ゲーム♡』ってコンセプトだったのにいきなり不穏でハードな世界にしちゃったら、プレイしてた子達からクレームが付きそうなものだけど。



「このゲームは乙女ゲームと呼ばれていて、クラティラスさんはヒロインに意地悪の限りを尽くす悪役令嬢なる配役だったんです。その結果、最後にはしっぺ返しを食らって手ひどく断罪され、代わりにヒロインは幸せを掴む。僕達のいた世界では、恋愛要素にざまぁと呼ばれる復讐のカタルシスを加えたシナリオが流行っていた、みたいです。純愛ストーリーと泥沼劇、一気に両方を味わえるといった感じですかね」



 イリオスがプルトナに説明する。それから彼は言葉を止めて私をちらりと見て、再び口を開いた。



「何故本編と続編で、こんなにも作風が変わったのかというと……ゲームの脚本家と、続編のライトノベルの作者は別人なんです。ライトノベルの作者は乙女ゲームには触れたこともない人でしたけど、数々の文学賞を受賞した経験のある有名な作家で、その作家側からのオファーでノベライズ企画が立ち上がったそうで」



 ここで、新事実をぶっ放されたぞ!


 あのクソ乙女ゲーのノベライズを、そんなすごい作家さんが手掛けていたとは!!



「まじで!? 何ていう作家さん!? 龍川りゅうがわ芥之介あくたのすけとか、治宰ちざいふとむとか、夏石なつせき漱目そうめとか!?」



 ウキウキワクワクで飛び付く私に、イリオス――江宮えみやは心底呆れたくたばれとでも言いたげな視線を向けて溜息を吐いた。



「あんた、バカですか? ああ、バカでしたね。いちいち疑問形にするまでもなかったですね。教科書で見たことのある名前を出しただけでしょうけど、その方々、僕らの生きていた時代には既に亡くなってますからね。文豪の名前を三人も覚えていたなんて、大神おおかみさんにしては偉いと褒めてあげますね。でもやっぱりバカには変わりありませんけどね」



 ウソ、そうだったの!?

 『羅刹間らせつかん』と『端折はしょれロメス』と『拙者は箱でござる』の続き、楽しみにしてたのに……!


 私はがっくりと肩を落とした。どっちにしたって死んじゃったんだから、続きが出ても読めなかっただろうけどさ……その後の展開をこの目で見る時を夢見てたのに……。



 夢……そうだ、最近よく見る変な夢。あれって一体――。



「『アステリア王国戦記〜光闇こうあんの英雄譚〜』の作者は、三波みなみ斗馬とうま――本名は水無瀬みなせ奏真そうま、僕の父親です」



 夢のことをプルトナに尋ねようと開きかけた私のくちびるが、凍り付く。


 父親……? ラノベの作者が、江宮の父親……?



「父親といっても昔から放浪癖のある人で、ほとんど顔を見ることがなかったし、十二歳で両親が離婚してからは一度も会ってません。なので僕も、どうしてあの人が『アステリア学園物語〜星花の恋魔法譚〜』のノベライズを始めたのかは知りません。僕だって、作者の名前を見て驚いたくらいですから」



 唖然呆然愕然の三コンボで固まる私の方を見もせず、江宮は淡々と告げた。



「あ……えと、そう、なのね。おけまる、ガッテン了解の介三郎……」



 そう答える以外、私に何ができたという?


 江宮の全身から、言葉より強烈にこれ以上聞くなって拒絶オーラ出てるんだもの。こうなったら、頑として口を割らないことは経験済だ。



「よくわからないけど、エミャーのお父様が続編を手がけていたのね。で、オーカミュは前世からバカだった、と」



 ベッドで箱座りしていたプルトナは何を納得したのかにゃむにゃむと頷き、隣に座る私を見上げた。



「とにかく、アタシも協力するわ。あんたが死んだら、ダクティリとトゥロヒアが悲しむに決まってるもの。アタシの夢はダクティリを超えるいい女になって、トゥロヒアを超えるいい男を捕まえて、あの二人以上に幸せになった姿を見せつけてニャフンと言わせることなのよ? なのにあんたに先に死なれたら『娘も生きていればきっと美しい花嫁に……』って辛気臭くなっちゃうわ。クラティラス、あんたにもアタシのウェディングドレス姿に感涙してもらうんですからね!」


「ご協力、アザース。ハーイ、喜んで泣かせてイタダキマース」



 フンとピンクの小さな鼻を鳴らすプルトナに、私は愛想笑いで返答した。ギャフンと言う人も滅多にいないけど、ニャフンと言う人はさらにレアなんじゃないかなぁ?


 それを言ったら怒られそうだし、江宮もむっつり黙ったまんまだし……よし、話題を変えよう!

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