腐令嬢、睥睨す
「クラティラス・レヴァンタが『静の聖女』となったのは、くじ引き感覚の適当セレクトじゃなくて、成り行きで……って感じだったんですね……」
イリオスが溜息混じりに言葉を吐く。フォローしてくれてるつもりなのかもしれないけど、適当と成り行き、大して変わらないと思うの……。
「もう一人の聖女にリゲルさんを選んだことには、理由があるんですか? そもそも何故アステリア王国では『静の聖女』と『動の聖女』、二人の相手に霊力を分け与えているんでしょう? ヴォリダ帝国にいた時は『鎮守の女神』と呼ばれる一人のみでしたよね? それに『静の聖女』と『動の聖女』とではそれぞれ力の種類が違うようですけれど、その二つを分けるものは何なんですか?」
精霊の気まぐれっぷりに声を出す気力も失せている私とは逆に、イリオスは身を乗り出してプルトナを質問攻めにした。
プルトナは嫌な顔一つせず、むしろよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに尻尾をぶんぶん振って嬉しそうに口元を緩めた。
「リゲルというのは、クラティラスと同年の女の子ね。ダクティリと出会う前に、その子の母親が妊娠中の時に見かけたの。一目でとんでもなく魔力が強い子を宿してるとわかったから、問答無用で選んだのよね。アステリア王国って食べ物が美味しいじゃない? それでついついいつも食べすぎるもんだから、あの頃は過去最大に太っちゃってて……そうそう、魔力が高いとアタシの霊力に耐える力も強くなるのよ。だからかなりの脂肪燃焼……じゃなくて霊力を注ぐことができるのよ」
この世界で魔力と呼ばれている力は、プルトナが言うに『精神エネルギーの強さ』に言い換えられるそうな。強ければ強いほど、相手を従え、支配することができる。それを炎や水や風などの『自然物』相手に発動するのが、我々が知るところの魔法なんだって。
そして魔力は、精霊が持つ霊力と系統が近いという。要するにリゲルみたいに魔力の高い人間は、ダイエットにとても最適らしい。
「ヴォリダ帝国では、魔力が強い人がそれなりにいたの。でもこの国は過去の戦争のせいで、魔力を持つ人間が少ないでしょ? 多少持っていても、魔法……っていうんだっけ? 目に見える形で発現することができないくらい、微力なものしか持ってない人ばかり。だからまず素質がありそうな子を探して多めに霊力を分けて、あとはその辺の適当な子にちょろっと注いでたのよ」
要するに、ヴォリダ帝国では一人で事足りたけれど、アステリア王国じゃ二人にお願いしなきゃダイエットにならなかったってことだ。
魔力と霊力は同系統だけあって、親和性も高い。なので素質を見抜かれて多めに霊力を与えられた方は、潜在的に持つ魔力と反応して攻撃特化型に。少なめの方は与えられた霊力を身の内に溜め込んでおけず、常に放出せざるを得ないため、無意識に己の身を含めた周辺を守ることになる。
前者が『動の聖女』、後者が『静の聖女』――これが二つの聖女の違い。ヴォリダ帝国では一人で役割を果たしていたところを、一人二役ならぬ二人一役に分割した結果が今のアステリア王国のダブル聖女システム……というわけか。なるほどなー。
納得しかけて、私はもう一人の存在を思い出した。
『聖女』と『女神』、それ以外にも重要な役割を担う者がいたことを。
「ねえ、『精霊の御子』は? ヴォリダでは一人にしか霊力を分けてなかったって言ってたけど、『精霊の御子』はプルトナとは無関係なの?」
初めて私が質問したというのに、プルトナは意気揚々と答えていたイリオスの時と違い、死ぬほど面倒臭そうに言葉を発した。
「『精霊の御子』ぉ? 何それ? 知らなぁい。アタシに子なんているはずないじゃない。だってアタシ、汚れなき処女だもの……キャッ、言っちゃった!」
ムカッときてイラッとしたので、私は両手で顔を覆うプルトナの首根っこを掴んで膝から投げ落とした。このデブのせいで、足も痺れてきてたし。
「ちょっと、何すんのよ! もしかしてアタシを疑ってるの!? さっきも言ったけれど、ヴォリダ帝国では一人、アステリア王国では二人、それも短くて百年って単位でしか霊力を分け与えていないわ! 嘘なんてついてないわよっ!」
「精霊って名前が付いてるのに? 何の心当たりもないの? 本当に? 脂肪燃焼したさに、もっと大人数に霊力を押し付けたことはない?」
睥睨する形でプルトナを冷ややかに見下ろし、私はさらに追及した。
「そりゃアタシだってもっと霊力を発散させて、魅惑のボディを目指したいとは思うけどさ、あんまりやりすぎると、この世界のバランスが崩れるのよ。本来、この世界にはない力を放つんだもの。多少の影響は与えても、世界の根幹には触れない。しかもきちんと浄化されて最終的に消滅する。アタシはそのギリギリの期間と量を計算して霊力を分けてるの! このルールを破ったら一つの世界を壊してしまいかねないもの、その辺は慎重にしているわ!」
猫だから表情はよくわからないけれど、プルトナは嘘をついているようには感じられなかった。
「大体、ナントカの女神だとかドウトカの聖女だとか、あんた達が勝手にそう呼んで、有難がってるだけじゃない。その『精霊の御子』とやらも、おんなじよ。アタシの知ったこっちゃないわ!」
そう言うと、プルトナはフンとそっぽを向いてしまった。
「ま、まあまあ、プルトナさん。良かったら、その……僕の膝に乗りますか? 人との接触は苦手ですが、他の生物は何とかいけますので」
イリオスが、ぽんぽんと己の膝を叩く。途端にプルトナはご機嫌になって、彼の元へ飛んでいった。後ろ足で思いっ切り私の脛を蹴っていったのは、間違いなく疑ったことへの仕返しだろう。
性格わっる!
ニャンゴロニャンゴロ甘えてらっしゃるところ申し訳ございやせんが、イリオス、ものっすごい顔を引き攣らせてますよー? 人間以外はギリいけるってレベルで平気なわけじゃないんだから、どれだけ可愛さアピったところで無駄っすよー?
だが苦手なのを無理してまで、イリオスはプルトナの機嫌を直してくれたのだ。奴の努力を無にしてはいけない。
「そ、そうだよね。プルトナはナイスバディだもんね。霊力を分ける人間を増やしてそれ以上体重を減らしたら、きっと貧相に見えちゃうよね。自分が一番チャーミングに見えるスタイルをよくわかってて、プルトナは本当にすごいなー。いよっ、美の黄金比を知り美を制する者!」
「うふふん、わかりゃいいのよ。クラティラス、あんたも素敵なレディになりたいならアタシを目指すといいわよ!」
私の適当極まりない褒め言葉に、プルトナはさらに気を良くして不敵に笑った。アドバイスありがとう、絶対に目指しません。
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