腐令嬢、出自を知る


 覚悟を決めてプルトナの話を聞き始めて五分後――私とイリオスは脱力して、共にがっくり項垂れていた。


 だってさ、ずっとその地を守っていたはずの精霊が移動するなんて、何か大きな理由があると思うじゃん? プルトナだって、すんごい憂いを帯びた雰囲気醸し出してたじゃん?



 なのにさあ……ヴォリダ帝国からアステリア王国に移動したのは、『何となく』って。特に目的はなくて、他の国に遊びに行っちゃおって軽いノリで来ただけって。貴様は観光客か? とツッコミたくなっても仕方ないでしょ!



 しかも、『静の聖女』やら『鎮守の女神』やらを生み出した理由もひどくてさあ……。


 精霊って、普通は私達とは別世界……というか別次元に暮らしてるんだって。仮に精霊界と呼ぶことにして、その精霊界では精霊達が『霊力』を使って生きてるんだって。『霊力』は私達人間で例えると体力みたいなものだそうだけど、こっちの世界では全く必要ないから持て余しちゃうんだって。



 霊力を使わないと、どうなるか?

 うん…………デブるらしいんだわ。



 だから精霊達がこっちの世界で生活する際には、何らかの形で力を放出しなくてはならないそうな。それでプルトナも、精霊に姿が似てるからっていう適当な理由で人間を選んで力を分けて健康維持してたんだと。選ぶ基準も、くじ引き感覚の適当セレクションよ。で、ついでにそいつらに自分の暮らす地を守らせて、のんびり異世界ライフを満喫しようって魂胆だったらしい。


 我々が加護だ守護だとありがたがってたのは、ただの精霊式ダイエットだったとはね! 何かもういろいろと残念すぎて、知りたくなかったとすら思うわ!


 あーあー……イリオスも、聞くんじゃなかったって顔してはるよ。わかるわかる、全私が全同意。私も昔読んだ密室トリックが『力技でドアを外して戻した』ってやつで、ポカーンとなった時と同じ気分だもん。



「えーとぉ、つまりぃ? クラティラス・レヴァンタも、適当に選ばれて『静の聖女』にさせられたってわけぇ?」



 ダダ落ちしたテンションまんまのやる気ナッシングな口調で確認すると、プルトナは首をむにむにと横に振った。



「クラティラスに関しては、ちょっと違うの」



 プルトナ曰く、プラプラとあちこちを歩き回ってアステリア王国の風景を堪能していた時に、ものすごく興味を引かれる物体に出会ってしまったという。それは鳥の羽根。しかもモサモサとたくさん、フワフワと揺れて跳ねて踊って自分を誘ってきた。


 中身は精霊でも、姿は猫。体に心が引っ張られるというのか、とにかくプルトナは衝動を抑えきれず飛び付いた。飛び付くだけでは収まらず全力で追い回し、じゃれ付き、ガジガジしたり猫パンチ食らわせたりと夢中になって遊んだ。



「…………それが何だったのかっていうと、歩いていたダクティリのドレスだったのよねー。当時はお金がなかったらしくて、鳥の羽根を拾って洗って縫い付けて、世にも愉快なオリジナルドレスを自作してたんですってよ」



 プルトナが拾われたのは、両親がお兄様を引き取って間もない頃だと聞いている。当時は余裕がなくて、まだ赤子のお兄様を育てるだけで精一杯だったそうだけれど、お金はなくても貴族としてのお付き合いのために最低限の装飾品は必要だったんだろう。

 それでお母様は苦肉の策で、自力でドレスをリメイクしたんだと思うけど……まさか精霊を惹き付けたのは、お母様のオショレだったなんてね!


 さすがはダクティリ・レヴァンタ、オショレ界に咲くオショレジェンドだわ!



「最初はダクティリの類稀なるセンスに興味を持っただけだったんだけど、知れば知るほど良い女で、この人間に学べば女子力が上がるに違いない! って思って居着いたのよね。おまけにダクティリったら男を見る目まで肥えてて、夫のトゥロヒアも良い男ときた。生活が苦しいっていうのに、夫婦揃って迷い込んできたアタシをすごく大切にしてくれたわ」



 ただ付けようとした名前だけはいただけなかったけれどね、とプルトナは溜息をついた。


 白くて真ん丸いお尻のせいで『オケツモチ』って命名されそうになったんだって。そこで猫の身で頑張ってお母様の口紅を両手に掴んで、本名のプルトナって文字を描いてみせたんだって。それを見たお母様は『何て賢い猫! すごい! でもお気に入りの口紅でイタズラしたことは許さん! しばく! 躾けついでにこの名を付けて、貴様の大いなる過ちを忘れられなくしてやる!』となって、こっぴどく怒られつつもオケツモチは回避できたんだって。オケツモチの方が似合ってる気がするけどなー。


 失礼なことを考える私をよそに、プルトナは過去語りを続けた。



「ダクティリとトゥロヒアはどれだけ生活が苦しくても、アタシとヴァリティタにだけは不自由な思いをさせなかった。自分達のことは全て後回しにして、ろくに食事もせずに働いて……そんな二人に、アタシは胸を打たれたの」



 そこで、決意したそうだ――二人の夢を、叶えてやろうと。



「お父様とお母様の夢って……まさか」


「そう、『あなたの誕生』よ」



 プルトナはそう答えて、不敵に微笑んでみせた。


 二人は結婚してから、ずっと子宝に恵まれなかった。引き取ったお兄様に愛情を注いで育てていたけれども、自分達の子を諦めたわけじゃない。むしろお兄様の愛らしさにやられて、ますます子どもが欲しいという思いが強まった。

 二人の我が子が仲良く遊ぶ様を見たい、次は女の子がいい、今はまだ甘えん坊のヴァリティタも妹ができたら自分達以上に可愛がってくれるだろう――お父様はお兄様を抱き、お母様はプルトナを膝に乗せて、そんな話をよくしていたという。


 だからプルトナは、それを叶えた。

 レヴァンタ家に来てから甘やかされ、いろいろなものを食べさせてもらったおかげでお腹のお肉も気になっていたし、溜まった脂肪……ではなく霊力をお母様のお腹に送り、二人が欲しがっていた『女の子』が宿るよう働きかけた。



 そうして生まれたのが――クラティラス・レヴァンタだ。

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