腐令嬢、揉む


「遅いわねぇ……イリオス殿下ったら、何してるのかしら。レディを待たせるなんて、紳士としてあるまじき行為だわ!」



 ベッドでごろんごろん転がりながら、プルトナがプンスコと怒る。朝の宣言通り、今日はお母様にアンチエイジングメニューをフルコースで付き合わされて大変お疲れになり、ひどく気が立っているらしい。


 ていうか、こんな深夜に令嬢の寝室に忍び込むことこそ、紳士としてあるまじき行為なのでは? と思ったけれど口には出さず、私は暇を持て余したプルトナに乞われ、太ましい腰を揉んでやった。



「やん、痛いっ! もっと優しくしなさいよ! それとあんまり擦らないように気を付けてよね、毛が傷むじゃない!」


「アーハイ、サーセン」


「ったく、ダクティリは本当に容赦ないわね……毎日あんな凄まじい訓練をしてるなんて。アタシは二度とやりたくないわ。くそぅ、見てなさいよ! いつか必ずアタシの可愛さで屈服させてやるんだから! あの女、ちょっと可愛くて綺麗で美しくて色っぽくて、清らかで強くて優しくて慈愛に満ちてて、なのに驕らず自惚れず自分磨きに勤しんで努力家で頑張り屋さんで、非の打ち所がないくらいの魅力に溢れてるからって、調子に乗りすぎよ!」


「ハァ、ソースカ」



 こいつ、ヤバいくらいお母様のことリスペクトしてるやん……と思ったけれどそれも口に出さず、私はモフモフとマッサージを続けた。そしてネチネチとうるさくつけられる注文に適当な相槌を返しながら、仰向けになったプルトナのミニマムなゴールデンボールズに目を落としてみる。


 イリオスにはオネエって言っちゃったけど、プルトナって体はデブいオス猫でも中身の性別は女なのかも。だって、お母様と同じでやたら美意識高いもん。だからお母様のことが気に入って、居着いたのかな?


 お母様から聞いた話によると、プルトナは拾った時からモコモコのおデブで既に去勢済だったらしい。どこかで飼われていた猫かもしれないと考えて飼い主を探したものの、該当する者は見当たらず、仕方なくしばらくレヴァンタ家で預かろうということになり、今に至るという。



「それにしてもイリオス、本当に遅いね。約束の時間はちゃんと守るタイプなんだけど、何かあったのかな?」



 私がチラリと零すと、マッサージに満足なされてゴロゴロ喉を鳴らしていたプルトナはびょんと飛び上がった。



「やっだ、いっけなぁい! アタシったら、この部屋に誰も入れないように前もって仕掛けをしてたんだったわ!」



 慌ただしく腰をフリフリして、にゃも〜んにゃも〜んとよくわからない呪文を唱えるプルトナを見て、私はこっそり額を押さえた。


 こいつ、本当に精霊なの? 誰も入れない仕掛けをするなんて高等な技、本当にこいつにできるの? どう頑張っても、アホそうなデブ猫にしか見えないのですが。


 が、私の疑いはすぐに晴れた。プルトナがにゃも〜んを言い終えるや、手品みたいにイリオスが部屋に現れたからだ。



「何度転移魔法を使っても弾かれるばかりだったんで、新手の嫌がらせかと思いましたぞ……」



 魔力を無駄遣いさせられて疲れ切ったんだろう、死にそうな声でぼやいてイリオスはへにょへにょと床にへたり込んだ。可哀想に、多分嫌がらせで間違ってないよ。本人……いや、本猫? むしろ本精霊に悪意はなかったみたいけど。


 くたびれイリオスを椅子に座らせると、私は向かい合わせにベッドに腰掛けるついでにプルトナをよいしょと抱えた。



「イリオス、紹介するね。こちらが自称精霊だとかいう我が家の飼い猫、プルトナ」


「プルトナよ、よろしくね! やぁぁん、近くで見るとやっぱりイッケメーン! この国の王子って、皆揃って美形よねっ!」



 私の手から逃れて擦り寄ろうとするプルトナに、イリオスは頬を引き攣らせながらも愛想笑いした。



「ええと……プルトナ、さん? はじめまして、ではないですよね。三年ほど前にアフェルナ様の指示で、王宮に来たことがあったはずですから……」


「にゃはぁぁん、覚えててくださったのね! うっれし〜い!」


「ちょコラ、プルトナ! 無闇に飛び付くな! イリオスは触られるのが嫌いなの! ブチ切れられてお肉削がれるか燃やされるかして、無理矢理ダイエットさせられても知らないよ!」



 必死に押さえ付けながら訴えると、プルトナはあっさりとじたばたを止めた。



「ああ、そうだったわね。彼は『イリオス殿下』であって『イリオス殿下』ではないのよね。それにクラティラス、あなたも同じく」



 挑発的に目を細めたプルトナに、私とイリオスは顔を見合わせて同時に息を飲んだ。



「あなた達二人を呼んだのは、いろいろと聞きたいことがあったからよ。安心して、この部屋ではどれだけ大声を出しても絶対に外には漏れない。誰かが入ってくることもできない。身をもって体感したイリオス殿下なら、よくおわかりよね?」



 プルトナから目配せされるとイリオスは小さく頷き、私にそっと囁いた。



「魔力で結界を張ったのとは、違うんです。どうやらこの部屋の空間ごと、どこかに『別の次元』に移動しているようでした……こんなことができるのは、『本物の精霊』くらいだと思います」


「まじで!? 自称じゃなかったんだ!? てっきりイタいオネエだと……いてっ!」



 右手に鋭い痛みが走り、私は悲鳴を上げた。プルトナにがっぷりと噛み付かれたせいだ。


 右は利き手なんだからやめてよね! BL絵が描けなくなったら、どうしてくれるんだ!


 しかし、文句を言うのは後だ。



「僕達のことを話す前に、まずはそちらからです」



 毅然とした口調で、イリオスはプルトナに告げた。



「あなたは精霊なんですよね? 目的は何なんですか? 何故『静の聖女』……ヴォリダ帝国では『鎮守の女神』と呼ばれるような存在を生み出したんですか? ヴォリダ帝国からこのアステリア王国にやって来た理由は?」



 イリオスが矢継ぎ早に質問を繰り出す。けれど私の方は、頭がついていかなくてフリーズしてしまった。


 えっと?

 デビュタントボールの時に、加護を与えた『静の聖女』イコール『鎮守の女神』とやらを守護する精霊がいるって話を聞いたけど、その精霊がプルトナなの? 精霊は精霊でも、その辺をうろついてる浮遊霊みたいな下っ端だと思ってたよ? このデブ猫、そんな大それたことできるような偉大な奴だったの?


 何から突っ込んでいいやらわからず、言葉も紡げずにいる私の膝に、プルトナはふうと生温い溜息を吐き出した。



「そうね……人にものを尋ねるなら、まずは自分のことから話さなくてはならないわよね。特にクラティラス、あなたには聞く権利があるもの」



 そう言って私を仰いだプルトナの蒼い瞳は、どことなく悲しげに見えた。



「この部屋はイリオス殿下が言ったように、異空間……わかりやすく説明すると、あなた達が生活する現実世界から切り離した場所にある。念を入れて、レヴァンタ家の者達には眠りの魔法をかけておいたわ。だから少し長くなるけれど……どうかアタシの話を聞いてちょうだい」



 私はしっかりと頷き、優しくプルトナの頭を撫でた。機嫌の良いお母様が、そうするように。

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