腐令嬢、断る
さて、入学式が終わったら教室に戻る前に、寄らなくてはならないところが二箇所ある。ゲームではヒロインが保健室から教室に戻る途中で、二人の攻略対象に出会うのだ。
「あ、あれデスリベですよね? 何してるんでしょう?」
渡り廊下を歩いていると、リゲルが中庭を指差して小首を傾げた。
桜の木の下に佇んでいたのは、デスリベリオン――略してデスリベことロイオン・ルタンシア。中等部からの同級生で支部は違えど私達と同じ部活なので、よく知った顔だ。
さらさらと柔らかな風に薄茶の髪が煽られると、その隙間から憂いを帯びたヘーゼルの瞳が覗く。口元に何故か赤い薔薇をくわえているが、その奇行すら様になる妖しい美貌の持ち主なのである。
中等部一年の頃は癖っ毛に眼鏡の純朴男子って感じだったのに、ゲーム通り、本当に色っぽく育ったなぁ……見た目だけは。
「ふぉい! ふぉいふぉいふぉいふぉいっ!」
ぼんやりと眺めながら通り過ぎようとしたら、デスリベはおかしな掛け声と共に桜の木に正拳突きをし始めた。ハイハイ、んなこったろーとは思ってましたよ。
何を隠そう、あのロイオン・ルタンシアも攻略対象の一人。ゲームではあの桜の木の下でヒロインと出会うのだけれど、もちろん正拳突きなんてしていないし、もっと言うとデスリベなんてあだ名も付いていない。
「相変わらずアホなことしてますねぇ……あんなヘッポコで格闘家になんてなれるんでしょうか? ていうか何で薔薇の花を口にくわえてるんですかね?」
呆れ気味にリゲルが素朴な疑問を漏らす。
「さあ? 修行の一環なんじゃない? 薔薇の棘の痛みを堪えて練習に打ち込めば、精神面でも鍛えられる的な」
投げやりに私が答えたその時だった。
「さすがクラティラスすゎんがっぎっぐえい!」
デスリベが大声で喚きながら駆け寄ってきたもんだから、私は飛び上がってしまった。
「ちょデスリベ、大丈夫!? すっごい血出てるよ!?」
「らいりょーぶ、らいりょーぶ……」
薔薇を口から外し、くちびるから頬まで血塗れになった状態でデスリベは力なく笑ってみせた。全然大丈夫そうじゃないけど、本人が大丈夫だって言うんだから大丈夫なんだろう。
「それよりクラティラスさん、ちょっと見ただけで修行の内容がわかるなんてやっぱりすごいっちゃね! ボクが師匠と同じくらい尊敬してるだけあるがよ! ねえ、よかったら今度道場に来てみぬ? クラティラスさんは間違いなく才能あると思うんだおっす!」
「あ、いいっす。勧誘の類は全面的にお断りしてますんで」
熱く迫るデスリベから逃れるように顔を背けて、私は冷ややかに答えた。
ゲームでは結構好みのタイプだったんだけど、顔面ブラッディフェスティバルで鼻息荒く近寄って来られたら普通に引く。しかもこの口調よ……麗しい顔立ちを考慮したって、差し引きマイナスもいいところだ。
「とにかく血を拭いた方がいいですよ。そのまま教室に戻ったら、飢えの末に人を食い殺した肉食獣と勘違いされて討伐されかねませんから」
そう言ってリゲルは、ポケットからハンカチを取り出してデスリベに手渡した。ふぉぉ……さすがヒロイン、女子力高いなー。
「ありがとぅっす、リゲルさん。じゃ、お礼にこれあげるざんす」
ふわっと優しく浮かべた微笑みは、ゲームの画面で見たキラキラエフェクト付きのそれと全く同じだった。
「高等部でもこのデスリベと仲良くしてくんなはれ。これからもよしなに、紅薔薇の悪魔達」
『ボクのことはハニージュエルと呼んでおくれ。これからよろしく、ブロッサムなエンジェルちゃん』
ああ、ハニージュエル。
ゲームでは奇怪なナルシスト発言を繰り返し、ロイオン・ルタンシアという本名を忘れ去られるまでにどこまでもハニージュエル呼びを徹底させた個性派な攻略対象。賛否両論あったけれど、私は好きだったよ。でもこの世界に、ハニージュエルはいないのね。
さようなら、ハニージュエル……会えなくなったのは寂しいけれど、悲しまないわ。
だってハニージュエル、デスリベリオンはあなたが誕生するきっかけとなった辛い恋を、成就させようと今も頑張っているのだから。
ハニージュエルの代わりに爆誕したデスリベリオンに向けて、私は心の中で改めて別れを告げた。
「チッ、お礼だなんて白々しい。この薔薇は間違いなくお礼なんかじゃなくて、デスリベ属する白百合支部から我ら紅薔薇支部への宣戦布告ですよ。あたし達も萌えで噴き出した鼻血を白百合に散らして、送り返すべきですね……」
デスリベのいた中庭から離れると、血に塗れて一層紅く染まった赤い薔薇を手にリゲルが低い声で提案してきた。見れば可愛らしい顔は、肉食獣なんか比ではないほど酷薄で極悪な表情に染まっている。
一応は同じ『花園の宴』っていう部活ではあるものの、イリオスが部長を務める白百合支部は女の子同士のピュアなリリィ関係を愛好した同志の集まりだ。副部長のデスリベには、これまで紅薔薇の勧誘を散々邪魔されている。おかげでリゲルは彼の好意を、曲解して受け取ってしまったようだ。
ゲームじゃ薔薇をもらった時に嬉しそうな笑顔してたんだけどな……随分と歪んじゃったわねぇ。誰のせいだ? 私のせいかなぁ?
「そ、そうね、宣戦布告かもしれないわ。だったら部員の皆にも見せなくては。今から部室に行って活けてきましょう!」
「え、でも教室に戻って早く反省文を書かなくちゃ……」
「いいからいいから! さっさと行くわよ!」
渋るリゲルの手を引いて、私は『花園の宴 紅薔薇支部』の部室がある旧棟へと走った。
保健室から中庭でハニージュエルと出会った後、ヒロインは教室に戻ろうとして校内で迷う。どう言い含めてその場所に連れて行くか悩んでいたけれど、デスリベの薔薇のおかげで良い言い訳を作ることができた。
次に目指すは、中等部と高等部を繋ぐ連結通路。そこにもう一人、攻略対象者が待っている!
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