腐令嬢、カックンす


 しかしだよ。

 お兄様とクロノのアホ行為をさておけば、確かにリゲルの言う通り、さっきのシークレット感満載なアイキャッチは滾るわね。どれ、脳内リピートワンスモアしてみるか。ンンッ……お兄様とクロノのカプ、意外といけるぞ! ヴァリ✕イリ✕ヴァリはいろいろあったせいで萌えにくかったけど、こっちは好みかも!



「うーん、でもクロ✕ヴァリにするかヴァリ✕クロにするか、悩ましいところですねぇ。ほよほよワンコ攻めなクロノ様にほだされて心も体も許してしまうカタブツ受けなヴァリティタ様もテイスティですし、『男だから好きなんじゃない、お前だから好きなんだ!』って迫るノマから攻めに転向したヴァリティタ様の熱意でヤリチソパリピだったクロノ様が本当の愛を知って受けとなる展開もデリシャスですし、ああ……迷うなぁ」


「リバにするのもアリだけど、あの二人、どっちもキャラが濃いからねぇ。ある程度、属性を取捨選択しないと収拾がつかなくなりそう。それぞれの特性をピンポイントで抽出して、攻め受けいろいろなパターンを組み合わせてみようよ。あ、アンドリアにはしばらく内緒にしといた方がいいかも。ヴァリネフェ固定脳がこないだヴァリ✕イリ✕ヴァリに揺らぎかけて、バグりかけてたからさー」



 リゲルの暴走妄想に乗って、私も意気揚々とBL談義に走った。萌えでも語ってなきゃやってらんないよ、こんな状況。お父様とお母様も、それに執事のアズィムも世話係のイシメリアも誰も何も教えてくれなかったけど、そういえば最近は物言いたげな目で私と接してたなー……なんて今頃思い出しても後の祭りだもん。きっとお兄様に口止めされてたんでしょーよ。


 ふん、いいわよ。お兄様がその気なら、私だってお兄様を萌えの燃料として酷使しまくってやるんだから!


 が、トンデモ現実から爆走逃避したせいで、私は大切なことを忘れてしまっていた。そう、この入学式で回避せねばならないイベントがあることまで、すっかり失念していたのである!



「やぁーめぇーろぉーぉぉぉ……クーローノーでーBでーLなーせーかーいーをーかーたーるーなぁぁぁ……やーつーはー……わーたーしーのー……じーらーいーだーとぉぉぉ……何度も言うとるじゃろがーーーー!」



 地獄の底から響くような声が轟いたかと思ったら、膝裏に凄まじい衝撃を受けて私はリゲルと共に床へと崩れ落ちた。背後にいたステファニに、強烈な膝カックンを食らったのだ!



「……クラティラスッ!」



 名を呼ばれて身を起こしてみれば、ステージから華麗に飛び降りてこちらへ走ってくるお兄様の姿が映る。それは、まさにゲームで見たシーンそのもので――。



「クラティラス、大丈夫かい? ああ、無理に立たなくていい。お兄様が抱っこしてヨシヨシして、痛いの飛んでけチュッチュをしてあげよう」


『君、大丈夫かい? ああ、無理に立たなくていい。私が保健室まで運ぼう』



 耳奥に蘇ったヴァリティタの優しくて頼もしい台詞が、今のお兄様の無惨なまでのアホさを際立てて、私は軽く死にたくなった。



「おいこら、ゴキブリゲル! いつまで私のきゃわわできゃわたんできゃわふるなクラティラスと抱き合っているのだ!? とっとと離れろ! まさか貴様、私からクラティラスを横取りしようとしてるのか、おおん!?」



 さらに攻略対象ヴァリティタ・レヴァンタ、ゲーム開始してヒロインにかけた第一声がゴキブリゲルときた。


 幼少期にリゲルから大量のGを贈られたこと、お兄様ってばいまだに忘れてなかったんだ……一応あれ、リゲル的には好意の証だったんだけどなー。



「久々にお話してくださったかと思えば、ゴキブリゲルとは何ですか!? 私がゴキブリゲルなら、そっちはバカティタですよ! しかも横取りって……いくら兄上だろうと、クラティラスさんとあたしの間にヴァリティタ様が入る隙なんてありませんよーだ! わかったらとっととあっち行って、クロノ様とイチャついてください。さっきみたいに目と目でキスして、続いて手と手を繋いで、そしてくちびるとくちびるを重ねて、さらには✕✕と○○で…………あひょぉ、ふひぃ……ちょ、ちょっとだけその様子を見せてもらって構いませんか? あ、あたしのことは壁とでも思ってくださればいいんで……!」



 ハァハァと荒い息を吐きながら、リゲルが私を置き去りにしてお兄様の方へと這いずっていく。可愛らしい顔は、飢えた旅人が水を見付けたような凄絶な笑みのせいで台無しになっていた。


 ナニコレ、質の悪い悪霊みたい。親友ながらちょっと怖い。



「ひどい……」



 小さな呟きに嫌々視線を向けると、いつのまにか側にまで来ていたクロノが碧い瞳に涙をいっぱいに浮かべて震えていた。



「リゲルちゃん、俺とヴァリティタをくっつけようとしてたの……? 知らなかったよ……知りたくなかったよ……俺のこと、眼中にないにも程があるよ……うっ、うえっ、うええええん! こんな失恋、あんまりだぁぁぁ! イリオスぅぅぅ、お兄ちゃんを慰めてぇぇぇ!」


「ひいっ!? ななな何で僕が!?」



 クロノに駆け寄られ、息を殺して空気に擬態して事なきを得ようとしていたイリオスが悲鳴を上げる。



「イリオス殿下に寄るな触るな! 息をするな心臓を動かすな、カップリングになろうとするな! イリ✕クロとクロ✕イリは、最大最悪の地雷なんじゃーー!!」



 しかしイリオスが逃げるより早く、ステファニが見事な飛び蹴りを食らわせてクロノを止めた。



「ウヒヒヒ……あたしは壁ぇ……あたしは床ぁ……あたしは天井ぉぉぉ……さあ、早くイチャイチャを見せてくだせぇなぁぁぁ……」


「やめろ、離せ、離してくれ! 離してください! ゴキブリゲルなんて言ってすみませんでしたあ! リゲル……リゲルさん、いえリゲル様、謝りますからどうか許してください! もう嫌だぁぁぁ! オバケみたいで超怖いぃぃぃ! クラティラスぅぅぅ、助けてぇぇぇ!!」



 その反対側では、お兄様が泣き叫びながら私に救いを求める。足にしがみついてニタニタ笑うリゲルは、もう悪霊にしか見えなかった。それもとんでもなく質の悪いやつ。そうそう、お兄様も私と同じでオバケ系はダメなんだよね。



 しかしおかげで、ヴァリティタ・レヴァンタとの出会いイベントもぶっ潰すことはできたようだ……って、これ喜んでいいのかな? ちっとも喜べないよ。あーもう、めちゃくちゃじゃないの……。



 その後、私達は入学式を混乱させた罰としてたらふく叱られ、反省文の提出を課せられた。そこまで騒いでなかった私とイリオスも、まとめて同罪。納得いかなかったけれど、先生達に異を唱えて説得する時間はない。


 今日はやっつけなくてはならないイベントがまだまだ待っているのだ!

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