腐令嬢、変顔す
「リゲル、気分は悪くない? 頭がくらくらするとか、目眩を感じるとか、足元が覚束ないとか、そういった諸症状に見舞われてない?」
「んもー、何度も答えてますけど大丈夫ですって。クラティラスさんったらどうしたんですか? 急に過保護になっちゃって。あたしより、朝からずっと死にそうになってるイリオス様の方を気遣ってあげてください。クラティラスさんが少し休ませてきたみたいですけれど、まだ顔色が悪いみたいですよ?」
隣に立つリゲルが、私の反対隣でゾンビみたいに虚ろな表情になっているイリオスに金色の眼差しを向ける。
死にそうになってるのは、あんたの暴言ライオットのショックからいまだに立ち直れてないせいですよ!
「イリオス殿下のことなら私にお任せください。殿下はあまり人混みに慣れておりません。ですから、恐らく人に酔ったのでしょう。殿下、人など棒だと思えば良いのです。棒……棒、棒……? 棒……あれも棒、これも棒……
私の真後ろのからイリオスに言い聞かせていたステファニが、何を想像したのやら不気味な笑い声を上げる。
お願いだから、もうやめたげて! ほら、イリオスのゾンビ化がますます進んじゃったじゃん! おまけに何故か私にものっすごい憎悪の目を向けてきてるし!
「では次は、在校生代表の挨拶です」
そのアナウンスに、私ははっとして顔を上げた。いよいよお兄様の登場だ。
息を詰めて見守る中――――しかし壇上に現れたのは、高等部現生徒会長だという全然全くちっとも見知らぬ女子生徒だった。
……あるぇ〜!? 何でぇ〜!?
ポカーンとしながら、私はイリオスを見た。イリオスもポカーンとした顔で私の方を向く。
いやいや、おかしいぞ? だってお兄様、昨日はスピーチの練習をするからって早めに就寝してたもん。朝もスピーチのリハーサルがあるからって、私より早く登校してったもん。なのに何で違う人がスピーチしてるの!?
イリオスとポカーン顔を見合わせている間に、在校生代表のスピーチは終わってしまった。
「続きまして、一年生代表の挨拶です」
ふと嫌な予感がして、私は恐る恐る首を前へと向けた。
「んなっ!?」
「あえっ!?」
私とイリオスの間抜けな悲鳴が間抜けなハーモニーを奏でる。
新入生代表としてステージに立っていたのは、私とお揃いの青みがかった黒髪と蒼い瞳がクールビューティーな紳士――紛れもなく我が兄、ヴァリティタ・レヴァンタだったからだ!
「イエーイ! 待ってましたぁ、ヴァリティタの登場だぁ〜! 皆ぁ、拍手拍手〜! オーディエンス、クラップクラップ! ウェーイ!」
さらに、ふざけた煽りが前方から飛んでくる。新入生の並ぶ最前列から生徒達を振り返り、掲げた両手をパチパチさせながらピョンピョン跳ねている奴の姿を確認すると、もう声も出なくなってしまった。
王族の証である銀の髪と好奇心旺盛な猫を思わせる碧い瞳を爛々と輝かせた美青年には、嫌というほど見覚えがある。アステリア王国第二王子殿下、クロノ・パンセス・アステリアだ。
信じられないことに、お兄様の胸にも奴の胸にも新入生の印である桜のバッジが付いていた。イリオスもポカーンを通り越して、目玉が飛び出そうなくらい紅の双眸を見開き、顎が外れそうなくらい口を開いている。
こんな間抜けな驚愕の表情を浮かべていても、さすがはゲームのメイン攻略対象、イケメンである……ってそれどころじゃない!
イリオスも私と同じで、兄が同級生になるってことを今の今まで知らなかったらしい。ちょいとお待ちになって、現実よ! 一体何が起こっているというんです!?
お兄様とクロノは、私達の二つ年上だから本来ならば三年生だ。進級に厳しいアステリア学園の学期末試験でも、昨年は二人揃ってちゃんとクリアして二年生に進級していた。にもかかわらず逆飛び級して一年生に戻されたということは、二年生での学期末試験の成績が悪すぎて原級留置では済まされないレベルだった……としか考えられないわけだけど。
唖然呆然愕然とする私達に気付いたんだろう。ほんの一瞬、お兄様とクロノが目配せし合って微笑み合う様を、私は見逃さなかった。
そこで、悟った――――あいつら、共謀してわざと試験で悪い成績を取ったんだ、と!
お兄様は溺愛する私と共に過ごす時間を増やしたくて、クロノはずっと想い続けているリゲルの側にいたくて、こんなバカをやらかしたに違いない。しかも二人揃って勉強だけは無駄にできるから、退学にされないギリギリのラインを見極めて犯行に及ぶのも容易かっただろう。
あんのアホども……それぞれ一爵家長男と第二王子だってのに、後先考えずに目先の欲望に流されよって! アホだアホだと思っていたけど、まさかここまでとは!!
「クラティラスさんも、見ました!? 見ましたよね!? 目も口も鼻も開きっ放しにしてアホ面下げて大興奮してますもんね! クロノ様とヴァリティタ様が、ひっそりと視線をクロスプレイさせて瞳でキスするなんて……あまり接点がなさそうだったお二人が仲良く落第したのは、そこにラ
私がハゲ萌えするあまり変顔になってると勘違いしたようで、リゲルはついに祈りを捧げ出した。彼女は先に教室に行っていたので、あの二人が落第して同級生になったことを知っていたようだ。
わぁ、おまけに同じクラスなのかぁ……マジかぁ……。
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