腐令嬢、問えず
「ねえ、
「と言いますと?」
イリオスの怒りが落ち着くのを待って、私はそっと切り出した。
「これよ」
左手の薬指に嵌る指輪と左前髪に留められた髪飾りを示してみせると、イリオスの眉が軽く動いた。
婚約指輪にはアステリア王家の『虎』をモチーフにした紋章が掘り込まれ、髪飾りにはレヴァンタ家の『狼』をモチーフにした家紋が透かし彫りで施されている。
虎と狼。オタイガーとウル
なのにノートには、そのことが全く書かれていなかった。
「私達がこの世界に転生したのには、何か理由があるんじゃないかな? 誰でも良かったんじゃなくて、私達じゃなきゃいけない重要な秘密があるのかも。それを探ってみたら、もしかしたら……」
そこで私は言葉を止めた。イリオスが、恐ろしいほどの無表情になっていたからだ。
私は知っている。奴がこうなるのは、心を読まれたくない時だと。そして確信した。江宮は『私達が選ばれた理由』を知っているんだ、と。
「ま、それよりもやらなきゃならないことをやっつけなきゃね。そろそろ行こっか。入学式が始まっちゃう」
問い質したい気持ちを堪えて、私は無理矢理笑顔を作り、ノートを閉じた。江宮が言わないということは、私が聞くべきではないということ。バカだアホだと貶してばかりだけど、奴は私のためにならないことはしない。
何故なら『クラティラス・レヴァンタ』は、ゲームの中で江宮の最推しキャラだったから。
「そうですね、式に遅れたら大変です。何といっても入学式では『ヴァリティタ・レヴァンタ』……あなたのお兄様のイベントが待ってますからなー。今のヴァリティタ様なら大丈夫、だとは思うんですけどね……」
やっと生きていることを思い出したように、イリオスは盛大に溜息をついてみせた。
クラティラスを生かすために、江宮は頑張ってくれている。それでいい。それでいい、はずなのに。
「私がリゲルを見張るより、イリオスが倒れてみせた方がいいんじゃない? そしたら『在校生代表の挨拶をしていたヴァリティタが、貧血で倒れたヒロインをお姫様抱っこで保健室に運ぶ』って出会いフラグをへし折れるじゃん。リゲルの代わりに、イリオスがお姫様抱っこされちゃいなよ!」
「や、やめてくださいよ! それだけは勘弁願います! 今のヴァリティタ様と二人きりになったらどうなるか……ひいい、想像したくもありませんぞー!!」
悲鳴を上げるイリオスは見てて可哀想になるくらい怯えていて、安易に提案したことが申し訳なくなってきた。何かごめんね……デビュタントボールで、お兄様に逆プロポーズかまされかかった件については私も同情してるよ。
でもおかげで、何度か目にしたお兄様に向けるひどく冷たい眼差しを見ることがなくなって良かったって、密かに安心してるなんて今は言えないな……。
頭を抱えてキモキモしく伸縮して震える様は、前世の江宮そのものだった――けれど、姿形はもうゲームで見たイリオス様でしかなくて、前世のモサ頭に眼鏡の江宮がどんどん薄れていくようで、何だか胸が苦しくなった。
江宮の中の『
クラス分けなんか、見なくてもわかっていた。どうせ私達は皆揃って同じクラスになっているはずだ。
しかしそう侮って、しっかりと確認しなかった我々は知らなかった。新たな学園生活の始まりが、既にとんでもない状況になっていることを。
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