腐令嬢、フラグ折る
一番最初に起こる出会いイベントのお相手は、今私の真下にいるイリオス・オルフィディ・アステリア第三王子。ゲームのイリオスは攻略対象であると同時にチュートリアルにも登場する特別なキャラで、公式ヒーローとして扱われている。
神秘的な輝きを放つ銀の髪に至極の宝石のように美しい紅の瞳、イケメン揃いの攻略対象者達の中でも顔面偏差値は群を抜いて高く、成績も優秀でスポーツも万能なスパダリプリンス、イリオス殿下。だけど、私は前世からこいつが大嫌いだった。ダブルの意味で。
視線の先では、このゲームのヒロインであるリゲルの姿が徐々に鮮明になってきていた。
セミロングの淡いブラウンの髪をふわふわ靡かせ、女子の求める可愛いを全て詰め込んだ可愛いが過ぎる顔を柔らかな笑みで彩り、ダンスのステップを踏むような軽やかな足取りで、リゲルがこちらへと近付いてくる。普通の女の子って設定だったはずなのに、その可愛さはチート級だ。
アステリア学園高等部の正門に、真っ直ぐ向けられた大きな金の瞳にはきっと、私が前世で見たオープニングムービーの景色が映っているんだろう。
まるでヒロインの到来を祝うかのように、自分の方に舞い寄っては離れていく薄紅の花の風はしっかりと覚えている――――リゲルは今、私が前世で見たあのシーンを経験しているんだ。そう思うと、心臓が大きく高鳴った。
もうリゲルは、我々の潜む正門の数メートル前にまで来ていた。しかしヒロインは、すぐには校門を越えられない。ここで、思わぬ邪魔が入るのだ。
「キミ、新入生?」
「へえ、可愛いじゃないか」
「まだこの学園のこと、知らないでしょ? 俺達が案内してあげるよ」
三人の男子生徒がリゲルに群がる。私達のいる場所とは反対側に立てかけてある『アステリア学園高等部入学式』の看板の横でたむろしていたトリオだ。
キターーーー!!
タイミングバッチリで登場したモブ1、2、3に、私は心の中で歓声を上げた。いや、私達が来るよりも早くから既に校門のとこにいて、女の子達を品定めしながら物色してたんで、こいつらが最初にヒロインに絡む役割なのはわかってたんだよ。でもゲームじゃ顔が出なかったし、実物も揃いも揃ってすんごいモブ顔だからイマイチ確信が持てなかったんだよね。
実際にゲームと全く同じ言動行動を取ってくれたおかげで、やっと実感したけど……ちょっと変装していた芸能人を発見したような気分だわ!
イリオスも同じ気持ちだったらしく、興奮で潤みを帯びて輝く眼差しをそっと向けてきた。わかってくれるか、同志よ! 今ならお前とここに記念碑を建てる共同作業ができそうな気がする!
「クラティラス様、あの……リゲルさんが」
ステファニの声に、私ははっと我に返った。そうだ、脳内でイリオスと土木作業に勤しんでいる場合じゃない!
「ステファニ、私と来て! イリオスは絶対にここから動かないで! 絶対によ、いいわね!?」
そう告げると私はイリオスを馬跳びで飛び越え、リゲルの元へと駆けた。
絡まれる彼女を助けるのは、本来ならばイリオスの役目。そこを、『悪役令嬢』が取って代わってやるのだ!
「あなた達、そこまでよ! 彼女への狼藉は、このクラティラス・レヴァンタが許さないわ!」
『お前達、そこまでだ。彼女への狼藉は、このイリオス・オルフィディ・アステリアが許さない』
ゲームのイリオスの台詞を丸パクリして、私はリゲルを庇うようにしてモブトリオの前に立ちはだかった。ついでに、青みがかった長い黒髪をファッサーとかき流し、整ってはいるものの意地悪そうと名高い顔に悪どさ満載の笑みもプラスでサービスしてやる。が、どうもモブズの様子がおかしい。
あれ? 三人共、えらく顔色が悪いような……?
「クラティラスさん、ちょうど良かったですっ!」
鈴の音を思わせる可憐な声に振り向くと、声音に相応しい可憐が限界突破した微笑みが私を迎えた。
「モブチンチラに出会うなんて初めてだったんで、こいつらにあたしの妄想を詳細に話して聞かせてやっていたところだったんですよ。それでこれから、下半身を観察させろとお願いしようとしていたんです。ほら、あたしも成人したじゃないですか? だからそろそろ、エロ方面もガッツリ極めていきたいなーって考えてて……でも実物を拝める機会なんてなかなかないでしょう?」
え?
キラキラエフェクトが勝手にエンチャントされるほど可愛らしい笑顔――――なのに、放たれた言葉はあまりにもあまりにもあまりにも想定外すぎた。
聞き間違いかと思い、慌てて背後にいたステファニに確かめようとした……のだけれども。
「私は興味があるわけではありませんけれど、お耽美調なら……いえ、ラブエッチもいいですね……無理矢理な肉体関係が恋へと発展していくお話も……ハードな監禁調教から共依存メリバなんてシチュエーションも良きかな良きかな……いえ、決して興味があるわけではありませんけれどね?」
デフォルトの無表情面をほんのり赤く染め、ステファニは興味があるわけではないと言いながらも、どえらく幅広いエロに寛容な姿勢を見せてきた。
ああ、うん…………どうやら聞き間違いじゃないことはわかったよ。ありがとう。
「あなた達、こちらにおわす御方をどなたと心得る? そう、今をときめくクラティラス・レヴァンタ様ですよ! レヴァンタ一爵令嬢にして、アステリア王国第三王子殿下の婚約者でいらっしゃるパー
私を押し退けて前に進み出たリゲルが、高らかに命じる。
えっと……ここって、『乙女にこどももおとなも関係ない! 誰でもキュンキュンできる乙女ゲーム♡』っていう世界、だったよね? この子、そのゲームのヒロインよね? なのに何で開始早々、自ら規制ラインを踏み越えようとするのかな? こんな乙女ゲームはイヤだ選手権でも開催しようってのかい?
「そうですとも、クラティラス様がご所望なのです! あなた方、早く衣類を捨てて生まれたままの姿になりなさい! できないと言うなら、私が切り裂いてさしあげましょう。抵抗なさりたいならどうぞご自由に。むしろその方が、エロティックな雰囲気になりそうですね……あなた方は三人共、衣類を剥かれて羞恥に震えながら、怯えた表情で足を開く姿が似合うと思います」
さらにはステファニまでも、大ぶりのハンマーを構えて三人に詰め寄っていったではないか。そういえば殺人鬼に変装するなんて案を出してたけど、前もってきっちり用意してたんっすね。
って、ちょちょちょっと待ってよ!
いつのまにか私が首謀者みたくされてるよ!? 私、そんなの求めてないって!
「うわぁ、あれがレヴァンタ一爵令嬢なのね……」
「手下を唆して男子生徒を襲うなんて、噂に違わぬ非道っぷりだわ……」
「意地悪そうな顔をしているけれど、どうやら性格はその比ではないみたいだな……」
「おい、巻き込まれたら大変だぞ。近付かない方が良い。目を合わせないようにしろよ……」
周囲から、ヒソヒソとそんな声が聞こえてくる。
だーかーらー! 私じゃなーーい!!
こんな時は……そうだ、イリオスだ! 王子がヒロインじゃなくて、冤罪をかけられて心が瀕死の悪役令嬢を助ける! うん、これならヒロインとの出会いフラグをへし折れるぞ!!
そこで私は、正門の影から様子を窺っているはずのイリオスに目を向けた。が、救いを求めようとした声はすっと冷めて消えた。
リゲルとステファニのえげつない言葉を聞いてしまったんだろう、イリオスは蹲ったまま、耳を塞いで俯いていた。離れててよく見えないけど何か震えてたし、多分泣いてたんじゃなかろうか。
ったく、推しのピンチだってのに、何て使えない男なんだ! 泣きたいのは私の方だよ!
ヒロインと王子の出会いフラグは叩き折れたけれど、おかげで私の『悪役令嬢』って役どころはバッチリと固まっちゃったじゃないの!!
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