腐令嬢、新記録を目撃す


「レヴァンタ様!」



 エイダとビーデスに追い払われるようにして大広間に戻ると、私は明るい声に呼びかけられた。


 振り向けば、可憐を絵に描いたような可愛らしい小柄な令嬢が駆け寄ってくる。髪色こそ私と同じダークカラーではあるものの、雰囲気の系統はリゲルの方が近い。


 見覚えのない顔だけれど、どこかで会ったことがあるような?


 名前を問い返していいものかわからず、私は曖昧な笑みを返した。どこぞの令嬢さんは、ニコニコスマイルのままだ。暫く笑顔で見つめ合う。何だこれ、睨み合いよりキツイぞ……新手の嫌がらせか?


 口角が震え出し、降参を訴えかけたところで、令嬢さんは思い出したように目を丸く見開いた。



「あ、いけない! 自己紹介がまだでした! 私、ダーリア五爵の娘、エクサ・ダーリアと申します。私ってばうっかり者で……すみませんすみんごっげっがっ!」



 彼女が舌を噛んだ姿を見て、やっと脳内の記憶が繋がった。


 そうだ、トカナにどことなく顔立ちが似ているから見たことある気がしたんだ。この方がエクサお姉様でいらっしゃるのね。天然ちゃんなところも妹さんそっくりだわ。



「はじめまして、クラティラス・レヴァンタですわ。以後お見知りおきを……って、大丈夫?」



 私の自己紹介も聞こえていないようで、エクサ様は痛みのあまりぶるぶる震えていらっしゃる。こちらもアホ可愛いなぁ、さすが姉妹だ。



「うええ、痛た……同じところを三回噛むのは、さすがに厳しかったです。鍛えても、二回までが限界ですね。精進しなくては」



 鍛えとるんかい。まだ精進するんかい。その努力を噛まない方に使わないんかい。


 ツッコミを入れるのは心の中だけにして、私はエクサ様に改めて微笑みかけた。



「トカナには、いつも助けられているわ。本当に良い子で、あの子と出会えたことを心から幸せに思っております」


「そ、そんな……私の方こそレヴァンタ様に心から感謝しているのです」



 そう答えて、エクサ様は柔らかに薔薇色の頬を綻ばせた。



「私がこのように不甲斐ないせいで、あの子は離れていってしまいました。妹が誇りに思える姉になりたい、それだけを願って頑張っていたのに……自分で自分が情けなくなって、辛い時期もありました。妹に会いたい、でもこれ以上嫌われたくないと考えると何も行動できなくて。けれども、レヴァンタ様が救ってくださったのです」



 冬休みが明けるとすぐ、お姉様からの返事が届いたと伝えに来てくれたトカナの笑顔を思い出す。


 手紙の返事は送った翌日に届いたというから、お姉様もトカナのことをずっと思っていてくださったんだとわかり、私もとても嬉しかった。



「トカナの手紙にも書いてありましたわ。レヴァンタ様のおかげで謝る勇気が出た、と。レヴァンタ様がいなかったら、ずっと後悔したままだったと……私も同じです」


「エクサ、こんなところにいたのか」



 話している私達の元に、一人の青年が駆け寄ってきた。


 ん? 誰かと思ったらカブトム子息シそくじゃん。



「あれ、クラティラスちゃんじゃないか。二人は顔見知りなのかい? 知らなかったよ」


「あら、私もグノモンとレヴァンタ様がお知り合いだなんて存じませんでしたわ」



 カブトム子息、グノモンに肩を抱かれながら、エクサ様が軽くくちびるを尖らせる。


 んん? この私を置き去りにした二人だけの何だかほんわり甘い雰囲気……もしや?


 そういやダンスがクソ下手なグノモンが、この会場にいるっておかしいよね? 顔を広げるためだとか嫁探しだとかにしても、ダンスがメインのイベントだからダンスがクソ下手なグノモンならこちらを避けて、他の食事会やら夜会やらに出席することを選んだ方が得策だ。ダンスがクソ下手なグノモンなんかをわざわざ選んで、エスコートをお願いする令嬢なんていないだろうし……いや、例外もある。


 ダンスがクソ下手なグノモンが、デビュタントの親族や婚約者だってパターンだ。


 でもだがしかし…………いやいや、まさか!?



「クラティラスちゃんの兄上のヴァリティタと中等部まで同じ学校で、仲良くしていたんだ。小さな頃は家にもよく遊びに行ったんだよ」


「まあ、レヴァンタ様! グノモンの幼い頃を知っていらっしゃるの? 是非お聞きしたいわ!」



 妹と同じネイビーの瞳を輝かせ、エクサ様は私に迫ってきた。


 んんん? やっぱりのやっぱり!?



「あの……もしかして、お二人は?」



 そこでグノモンとエクサ様は、はっとしたようにお互いに顔を見合わせ、それから揃って破顔した。



「ご、ごめんね。うっかり言い忘れていたよ。俺とエクサは婚約しているんだ。挙式は来年の予定だよ」



 グノモンが照れ笑いし、衝撃の事実を口にする。


 ウッソー!? あの一爵以下の人間なんて眼中にございませんと貴族風吹かせてイキり倒してたカブトム子息が!? 貴族の中でも最も下、しかも決して裕福じゃない五爵令嬢と!?



「数年前のスタジアム落成式で、雪崩落ちていく彼女に一目惚れしてしまってね。すぐにお名前を調べて、お見舞いにお伺いして」



 おまけにきっかけは、あのイベントときたよ!


 王子は射止められなかったとはいえ、一爵令息を引き当てちゃったんだから結果オーライ結婚トーライですね!!



「反対も多くありましたけれど、グノモンも私と同じうっかり者さんだから、互いに助け合っていけると思って……皆を懸命に説得して、やっと昨年婚約させていただいたのです」



 左手薬指に嵌められた指輪を愛おしげに擦りながら、エクサ様も嬉しそうに語ってくれた。



「正直、不安もあります。けれど……トカナも、式に出席してくれるの。あの子に見守ってもらえるなら、何があっても頑張れそうですわ。レヴァンタ様、本当にありがとうございます。どうかこれからも、トカナをよろしくお願いします」



 頭を下げるエクサ様に近付くと、私は彼女の手を取った。



「こちらこそ、よろしくお願いしますわ。私はトカナだけでなく、あなたとも仲良くしたいと思っておりますの。ですからレヴァンタ様なんて他人行儀な呼び方はやめて、クラティラスと気軽に呼んでほしいわ。私もエクサと呼ばせていただいていいかしら?」



 私の提案に、エクサはガコンガコンと首の骨が外れそうな勢いで頷いた。



「わ、私とも仲良くしていただけるなんて、夢のようです! ええ、私のことは何とでもお好きにお呼びくださいませ! クラ……クラク、クラテラ、クラティラスんぎょっ! ぎぇっ! ぎゃっ! ぎぃっ! ぎゅっ!」



 予想を裏切らず、噛んでくださったわ……さすがエクサ、トカナのお姉様だけあるわね。


 グノモン曰く、五連発は新記録だったそうで、エクサはもう言葉も発せなくなり、ペコペコ頭を下げながらラウンジへと出て行った。付き添うグノモンも婚約者の口腔状況を心配するあまり焦っていたのか、何もないところで滑って宙返りして転んでいた。


 うん……とってもお似合いのカップルだと思うわ。

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