腐令嬢、倒す


「あなた方はただの卑怯者よ。ご本人がいらっしゃらないところで陰口を叩くなんて、恥を知るがいいわ!」



 静かながら深い怒りに燃えた目で相手を睨んでいるのは、エイダ・マキマス二爵令嬢だ。



「あなたも最初はサヴラ様にお近付きになろうとしていましたわよね? 相手にされなかったことを、いまだに根に持っていらっしゃるのかしら?」



 嫌味で戦っているのは、ビーデス・トリム二爵令嬢。気が弱くて泣き虫な彼女がこんな態度を取るとは、余程腹に据えかねることがあったらしい。



「はっ、陰口とは失礼ね。誰があんな性格の悪い女と仲良くしたいものですか。あの女の取り柄は、パスハリア家の令嬢という点だけじゃない」



 二人に言い返した令嬢は勝気そうな外見を裏切らず、エイダとビーデスの非難を一蹴した。



「デビュタント・ボールは、貴族にとって大切な儀式だということはあなた達にもおわかりよね? 海外留学しているからといっても、来られないわけじゃないでしょう。なのに顔も出さないなんて、恥知らずと呼ばれるに相応しいのはサヴラ様の方ではなくて?」


「そうでないなら、お呼ばれしていなかったのでは? と私達に言われたって仕方ないわよ。あんなに性格が悪いのですもの、レディの品格を満たしていないと判断されたんだと思われるのも、自業自得でしょう。ああ、もしかして海外留学というのも、実際はパスハリア家から見放されてお家を追い出されたということなのかしら?」



 残る二人の令嬢が吐いた言葉は、最初の令嬢以上に辛辣だった。どうやらこの五人は、サヴラがデビュタント・ボールに現れなかった件を巡って言い争っているらしい。


 自業自得、確かにそれはある。サヴラは孤独ゆえに裏切りを恐れ、必要以上に他者を突き放してきた。彼女達もそれで痛い目に遭わされたことがあるのだろう。


 でも、性格についてはさておき、憶測でここまで言われればエイダとビーデスが怒るのも無理はない。もちろん、私だって同じだ。



「お黙りなさい!」



 ガン、と靴底で床を踏み、私はソファーから立ち上がった。



「クラティラス様……」

「クラティラス様!」



 エイダが呆気に取られたような顔で、ビーデスは堪え切れなくなったのか半泣きで私の名を呼ぶ。三人も突然湧いて出た意地悪顔の令嬢が誰だかわかったようで、顔を見せた途端、揃って硬直した。


 主に悪い意味で、私も有名人なのでね!



「大声で喚き立てるなんて、あなた方、それでもレディなの? おまけに同じレディであるサヴラを根拠のないことで貶めるとは、品格も何もあったものじゃないわね。あなた達、何か誤解しているのではありません?」



 カツカツとわざと高らかに足音を奏でながら、私は三人に歩み寄った。まずは音による威嚇である。



「サヴラがデビュタント・ボールに出席しなかったのは、来る必要がなかったからですわ。眉目秀麗、品行方正、成績優秀……性格に難があるところは認めますけれど、彼女はデビュタント・ボールに出るまでもなく、レディとして認められていたのよ」



 黙り込む三人の内、家に見放された発言をかました令嬢に私は詰め寄った。



「あなたは、招待状が届かなかったのではないかと邪推していらっしゃるようですわね? それならばレディとしてもう立派に自立しているのだから、わざわざ海外から足を運んでもらわずとも構わないと王宮が取り計らってくださった、と考えるものではなくて? それともあなた、まさかこの国のレディを代表なさるスタフィス王妃陛下が、個人的感情でパスハリア家を陥れるために招待状を送付しなかったとでも思ったのかしら?」


「そ、そんなことは……!」



 家に見放され発言令嬢は、たちまち顔面蒼白となった。


 スタフィス王妃陛下のお生まれであるドリフォロ一爵家とパスハリア一爵家は、長らくライバル関係にある。貴族の間では周知の事実だが、それをつつくような発言は当然ながらNGだ。


 まあ発言者にそこまでの意図はなかったと思うし、曲解で無理矢理そちら方面へ話を持っていったのは私ですけれどね。とはいえ言い返さないところを見ると、少なからずもしや……という気持ちはあったんだろう。



 一人倒すと、私は次に恥知らず発言令嬢に向き直った。



「あなた曰く、デビュタント・ボールは大切な儀式だそうですけれど、その大切な儀式を随分と羽目を外してお派手に楽しんでいらっしゃったようね? あなたから発せられるお酒の臭いで、私まで悪酔いしてしまいそうですわ。飲酒が解禁になった瞬間、これとは……レディとしてのお酒の嗜み方を、ご存知ないのね。私にはこんな酔いどれの状態で人を恥知らず呼ばわりしたあなたこそ、恥知らずに見えるのですけれど?」



 私の指摘で、恥知らず発言令嬢は赤みを帯びた顔と濃厚な酒気を放つ呼吸を隠すように俯いた。


 前世でも毎年成人式に飲んだくれて大暴れする新成人が問題になっていたけれど、令嬢がデビュタント・ボールで同じことやらかしたらそれこそ社会的に死亡遊戯だ。会場で醜態を晒す前で良かったと、反省するといい。とはいえ第三王子の婚約者の一爵令嬢に見咎められた時点で、生きた心地してなさそうだけど。おーおー、酔いもすっかり冷めたみたいで家に見放さ令嬢と同じ顔色になってるわ。



 二人倒して、残りは一人。



 逃げようとしていたみたいだが、エイダとビーデスが両脇をがっつり固め、それを許さなかったようだ。



「あ、あの、クラティラス様、すみません! 私達、どうやらサヴラ様のことを勘違いしていたようで……」



 目の前に立った私に、取り柄なし発言令嬢が慌てて取り繕おうとする。


 言い訳無用、社会経験の一つとして本物の悪役令嬢の嫌味ってもんをしっかり食らいな!



「あら、勘違いでしたの。誤解が解けて良かったわ」



 にっこり微笑んでから、私はその笑みの形を冷酷に歪めた。悪役令嬢クラティラスがゲームで披露する、アクラティラスマイルだ。



「それで? あなたはどこのお生まれなのかしら? サヴラのことを家柄しか取り柄がないと言うくらいだもの、彼女から格段に劣るその魚に似たお顔も乏しい知性も下衆な品性も、差し引きして余りあるほどの名門なのですわよね?」



 他の二人に比べると、捻りも何もない正攻法のどストレートな嫌味だったと思う。けれど取り柄なし発言令嬢は、それだけでうわーん! と声を上げて泣き出した。


 人の悪口は平気で言うくせに、言われるのは嫌だってか。おいおい、残された二人までメソメソし始めたよ……根性悪い割に、打たれ弱いなぁ。悪口を言っていいのは、悪口を言われる覚悟のある者だけだぞ。これに懲りたら、口先だけじゃなく精神も鍛えとけ。



「クラティラス様、いくら何でも言いすぎです……さすがに魚顔とまで言われたら、誰だって泣きますよ……」


「それとクラティラス様、口の周りがパンくずだらけになってます……こんな人にレディどうこう言われても、説得力ないですよ……」



 先程まで言い合いしていたことも忘れ、三人をヨシヨシと宥めながらエイダとビーデスは呆れ成分満載のジト目を私に向けた。


 えー、過剰防衛扱いかよ。人助けしたのに、結局悪役になるとはね。はいはい、どうせ私は悪役令嬢ですよ!

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