廻るデビュタントボール

腐令嬢、デビューす


「素晴らしいわ、クラティラス」

「素晴らしいぞ、クラティラス」

「素晴らしすぎてますます惚れたぞ、クラティラス」



 この日のためだけ用意された純白のイブニングドレスに同色のロンググローブ、そして頭上には小さなティアラというドレスコード完全装備をした私に、家族が称賛の声を浴びせる。


 お父様とお母様には笑顔でお礼を言い、お兄様は華麗にスルーした。ここで疲れている暇はないのだ。


 本日はいよいよデビュタントボール。十五歳の成人を迎えた貴族令嬢達の社交界デビューの日だ。


 ちなみに令息達にはデビューイベントのようなものはなく、成人の誕生日をもって紳士と認められる。こんな面倒なことをしなくていいなんて男ばっかズルくない? と思わなくもないけれど、男尊女卑とまではいかないにしてもこの国は私の知る現代日本に比べると男性の権力のほうが強い。ゆえに仕方ないと割り切るしかないのである。


 国王陛下の計らいで『イリオスたんと仲良く過ごすといいYO!』と私的にお呼ばれしたことは何度かあるが、正式な形で王宮に招待されるのは久々だ。見知った場所だからといって余裕ブチかましてたら失態をおかしかねないので、しっかり気を引き締めて行かなくてはならない。


 王宮に到着して車を降りると、私はお兄様のエスコートで宮殿に入った。


 腕を組んだ瞬間にデレデレのトロトロになったから、会場に到着するまでに溶けてなくなるんじゃないかと思ったけれど、建物の内部に一歩足を踏み入れるや、お兄様は一変して理想を描いたような最高の紳士になった。

 一挙手一投足、指先から表情に至るまで洗練された動きをしちゃうんだもの……本当にお兄様ってすごい。うっかりギャップ萌えしかけたわ。その後でギャップ萎えすることになるのはわかってるから、我慢したけど。


 お父様とお母様は、先に会場となる大広間に入っている。主役となる我々は開始までの間、ラウンジで暫し待機タイムだ。


 ラウンジといっても、王宮の超ゴージャスラウンジである。ここで舞踏会をしていいんじゃないかというくらい広いし、お茶や軽食まで用意されてるからここも既に夜会みたいな感じ。しかし、親の目が届かないからといってはしゃいでいる者はほぼいない。皆揃って、この一大イベントを目前にして凄まじく緊張しているせいだ。

 固い表情で挨拶を交わし合う者、胃が痛くなったのかソファーに腰掛けて項垂れる者、落ち着かない気分を払拭しようと無駄にうろうろする者、隅っこで瞑想に耽る者――中には聖アリス女学院の朋友も見受けられたが、どの娘もとても声をかけられる状態ではなかった。


 なので挨拶はデビュタントボールのファーストダンス後にすることにし、私はお兄様と共に二人の人物を探した。



「クラティラスさん!」



 名前を呼ばれて振り向くと、ホワイトドレスの波を泳ぐようにブルーアッシュの縦ロールを揺らしながら近付いてくる令嬢の姿が映った。探し人の一人、アンドリアだ。


 イエーイイエーイ! と元気に手を振る様子から窺うに、彼女は全く緊張していないらしい。アンドリアって、本番に強いタイプなんだよねぇ。



 しかしそんなアンドリアも、こちらにやってきて私の隣に立つ萌えの御本尊様を見るや、笑顔ごと固まってしまった。



「お兄様、アンドリアよ。覚えていらっしゃるでしょう?」


「ああ、アンドリア。久しぶりだね。あまりの美しさに、目が眩みそうになってしまったよ。昔から美しかったが、今日の君はまるで美の女神だ。君のような美しいレディの記念すべきファーストダンスのお相手になれることを、心から光栄に思うよ」



 そう言って麗しき紳士の仮面を被ったお兄様はそっと跪き、優しく微笑んでアンドリアに手を差し伸べた。その瞬間、アンドリアはついに壊れた。



「おひょひょひょひょ……おひょーっひょっひょっひょっ!」



 謎めいた笑い声を上げながら高速で回転し始めたアンドリアを前にして、お兄様が『こんなやべー娘だとは聞いてないぞ!?』と言いたげにこちらを見る。が、私はすいっと顔を背けてその視線から逃れた。


 アンドリアがファーストダンスのお相手が見付からなくて困っていると聞き、アステリア王国に戻ってきたお兄様にお願いしたのだ。お兄様も、私とのファーストダンスは諦めるとしてもセカンドダンスは譲りたくないと言っていたから、近くにいられればその希望が叶えられそうだと思ったので。


 私の提案は双方の賛成もあって、すんなり通った。けどその後で、ファルセを説得するの大変だったんだからな!


 ファルセはまだ未成年のため、アンドリアのお相手を務めることはできない。けれどもやはり彼女が憧れの人と踊るとなると不安が大きかったようで、『彼女を取られたらどうしよう』『年下なんて頼りないと自分に見向きもしなくなるかもしれない』『そうなったらクラティラスさんのせいだ、一生恨む』とまで言われたよ……取られるも何も、まだ告ってもないくせに責任転嫁しないでほしいわ。



 回転しすぎて目が回ったらしいアンドリアを、お兄様と協力してろくろのように逆回転させていると――――白の人垣が割れて、もう一人の探し人が現れた。



「クラティラスさん、こんばんは」



 憧憬と讃美の眼差しを一身に集めながら、黒の燕尾服を纏ったイリオスはさらりと銀の前髪を指で流し、紅玉のように妖しく輝く紅の瞳を私に向けると、婉然と微笑んだ。言うまでもなく、私のファーストダンスのお相手は彼である。


 それにしても、と私は半ば呆然とイリオスを眺めた。


 タキシードやモーニングを着用しているところは見たことがあったけれど、燕尾服姿は初めてだ。ウエスト部分の切り替えが高いため腰が締まって見えるだけでなく、長い足がより強調される。元々スタイルが良いだけに、これは破壊力高い。


 お兄様の瞳と髪色の同系色に合わせたミッドナイトブルーの燕尾服も神秘的でクールな感じが醸し出されてワンダフリャだったけど、敢えてのシンプルなブラックはイリオスの銀髪と紅の瞳を邪魔せず際立てて、美味さデリシャステイスティ。


 やっば……もうとっくに見慣れたと思ってたのに、服装が変わるだけでイケオス度がさらに上がるとか反則じゃん! ああっ、お兄様と並ぶとさらにウマウマ! もう身長もほとんど変わらないから、どっちを攻め受けにするか悩んじゃうよー! いやいや、リバでも全然オッケーですわねー!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る