腐令嬢、世界の力に触れる


 アステリア学園から家に早退の連絡を入れてもらい、迎えにやって来た車を急かせて帰宅すると、私は家人達を飛び越え駆け抜け、高速の爆速で自室に向かった。


 そして引っこ抜くように机の抽斗を開け、受験票を取る。



 が――――そこでも、あの現象が起こった。



「ウソ、でしょ……?」



 志望校の受験票には、受験番号に加えて氏名と性別が記載されている。受理された願書がそのまま反映されるはずなので、願書そのものを書き間違えない限り誤ることはない。


 私が願書に出鱈目なことを書くわけがない。お父様とお母様にも確認してもらったのだから、間違いはない。たとえ向こうの学校側の不手際があったとしても、絶対に気付くと言い切れる。だって、これが届いてからは毎日のように眺めていたんだから。



 だから、これはありえないことだ。けれど、ありえないことが現実となってしまった。



 私の見ている前で『クラティラス・レヴァンタ』という文字は変容して『クヤシィデス・オジャンダ』に――さらには『性別 女』という部分までも、『性別 男体化希望』に変わったのだ!



っ……腐腐ふふ……腐腐腐腐腐ふふふふふ…………!」



 訳のわからないことになった受験票を握り締め、私は低く笑った。


 笑う以外に何ができる? まさかこんな手を使われるとは。こうまでして私を『ゲーム本編』に戻そうとするとは。



 これまで漠然としか感じられていなかった『世界の力』――――初めて目の当たりにしたそれは、想像以上に狡猾で、想像以上に性格が悪かった。



 なぁぁぁにぃぃぃがぁぁぁ、クヤシィデス・オジャンダだよ……全てを悔しいくらい綺麗におじゃんにしてさしあげました〜ってか? それと男体化希望って何? 性別でも何でもないじゃねーか!


 ああ……もう、笑いも乾いてしまった。頬が引き攣る。こめかみが震える。ムカついてムカついて仕方ない!


 ついに爆発した怒りに任せ、私は受験票とビリビリに破いた。募集要項も含め、プラニティ公国の学校に関する資料全部を引き千切り、粉々のバラバラのメタメタにしても『世界』への憤り収まらなかった。



 ――――こうして、私の夢の計画は潰えた。



 悪役令嬢のゲーム本編不参加表明は『世界の力』によって見事なまでに拒否され、私はついに逃亡不可能となった。


 ここまできたら、何をしたって無駄だ。どうせこのままアステリア学園高等部に進むこととなるのだろう。そう思ったので、私はその日から勉強することを辞めて遊び呆けた。それが私にできる、せめてもの小さな反抗だった。




 私と違い、サヴラは無事に受験することができたらしい。


 あの事件から暫くは全く口を聞いてくれなくなったのだが、合格の通知が届いた時はその足で私の家に来て知らせに来た。



「本当にありがとう、クラティラス。あなたの勘が当たったわ。これに免じて、あなたの底なしのおバカは許してあげる。おバカすぎて嫌になるけれど、お友達ですからね」



 部屋に入ってくるや否や、泣きながら抱き着いてきた姿は可愛かったのに、私を無視していたことを思い出すと、たちまちサヴラはいつものふてぶてしい態度に戻った。本当にこいつ、ゲンキンな奴だわー。


 お祝いに、私はこの日のために用意しておいたサヴラの姿絵をプレゼントした。イラストではなく油絵で描いた、久々に本格的に手掛けた力作だ。


 彩色から質感にまで拘ったそれを見ると、サヴラはまた涙ぐんで、一生の宝物にすると言ってくれた。喜んでくれたなら何よりだ。



 その翌週には、アステリア学園中等部卒業試験が行われた。


 思った通り、教科書も参考書も一ヶ月もの間全く開かず、復習も何もしていなかったというのに、全教科すらすらと面白いように解けましたよ。さすが世界の力様々ですね。おかげでステファニもドラスもリコも押し退けて、イリオス、リゲルに次いで初のトップスリー入りできました。卒業試験、余裕で通過です。高等部進出確定と共に、ゲーム参加決定です。


 紅薔薇メンバーも全員、卒業試験を突破して高等部に進むことになった。非常に喜ばしいことである。



 でも……けれども!



 ああ、くそ! こんなことになるなら、わざわざ勉強なんかに時間を費やすんじゃなかった!


 その時間をBL絵を描いたり、リゲルのBL小説を読んだり、紅薔薇の皆とBL話したりして、萌えに注ぎたかったよ……もう残り少ない人生かもしれないっていうのに、無駄にした感でいっぱいだ。


 けれども私に抜かれたステファニ、ドラス、リコのように、悔やんで地団駄踏んだって床と靴底と足を傷めるだけだ。皆とまた同じ学校に通えるんだと前向きに捉えるとして、また新たな作戦を考えよう。


 受験にまつわる奇妙な事象については、イリオスだけは信じてくれた。彼の協力があればきっとこれからでも巻き返せる。



 とはいえあの野郎、『クヤシィデス・オジャンダ、男体化希望』には大笑いしてたけどな。面白いから改名しろとまで言いやがったけどな。


 八つ当たりも兼ねて、ダブルゴールデンボールズに蹴りキメて黙らせたけどな!

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