腐令嬢、練る
「あなたは今、幸せなのね」
問うというより確かめる形で私が聞くと、サヴラはしっかりと頷いた。
「ええ、いろいろあったけれど今が一番幸せよ。何もかもあなたのおかげね……本当にありがとう、クラティラス!」
素直にお礼を言うサヴラはキラッキラに輝いていて、目が眩みそうになった。
こんなにも眩しいサヴラを見たことがあろうか!?
瞬間シャイニングレベルだけなら、ヒロインのリゲルを超えたかもしれないぞ……本編には登場しない、モブですらない存在なのに何だ、このライトニングなスパーキン感は!?
と、ここで私はあることに思い当たり、サヴラに負けじと輝きを意識した微笑みを浮かべてみせた。
「サヴラ、ついでにいいことを教えてあげるわ」
「えっ、ええ……本当にいいことなのでしょうね? この前エイダ達と観に行った『悪虐姫は復讐の鈴を鳴らす』のヒロインを陥れたお妃様みたいな顔で笑うのだもの。何だか聞くのが怖いわ」
が、サヴラは明らかにドン引きした表情で私から距離を取った。
ちょっと……私もその舞台、お母様と一緒に観たよ?
内容の濃厚さもさることながら、お妃様の演技が凄まじいの何の。特に悪事を企む時にニタリと笑う表情が怖すぎて、その舞台を見た夜は悪夢にうなされるって評判なんだよね。実際、私もお母様もあの夜はお妃様に追い回される夢を見たんだけど……おかしいな? あの狂気的スマイルに似てるってどういうこと? 自分史上最高に美しく微笑んだつもりだったのに。
何か悲しい。無理して張り合うんじゃなかった。どうせ私はお妃様と同類の悪役令嬢ですよ!
気を取り直し、私は今度は真顔でサヴラに向き直った。
「サヴラ・パスハリア、あなたは必ず希望の学校に合格する。私の勘は当たるのよ。この髪飾りを賭けてもいいわ」
左前髪を飾る大切な髪飾りを指差して私が宣言すると、サヴラは美しい翡翠色の瞳をゆっくりと瞬かせた。
このままサヴラが本編から脱落するためには、お兄様と円満に婚約解消するだけでなく、アステリア学園を去らねばならない。別れたとはいえ、元婚約者だ。同じ学園にいるのなら、他の者のルートではともかく、ヴァリティタルートでヒロインとの絡みが一切ないのはあまりにも不自然すぎる。
だから、こう考えたのだ――ヴァリティタ・レヴァンタの元婚約者、サヴラ・パスハリアはゲーム開始より前に必ず『ヒロインとは接触できない場所』に飛ばされるはずだ、と。
これが、正しい結末かはわからない。そもそも、サヴラというキャラクターが存在するかすら定かじゃない。
続編のラノベではお兄様が主人公だというから、もしかしたらサヴラについて触れられているかもしれない。けれど私には、ゲーム制作の裏でどこまでヴァリティタお兄様の設定が練られていたのかなんて知る由もなく、設定資料集でもお兄様が過去に婚約していたことは記されていなかった。
一つ確かなのは、『アステリア学園物語〜
『世界の力』はゲームをシナリオ通りに進め、ラノベの世界に向かおうとしている。そのためにも、サヴラという不要因子は取り除かれるだろう。
しかし、ヴァリティタの心に傷を残してはいけない。ゲームで彼が一切触れないくらい、さっぱりとした形でサヴラは舞台を降りなくてはならない。
それには、彼女の望む海外留学はうってつけだ。だからきっと、サヴラは合格する。『世界の力』も後押しするに違いないから。
「…………信じるわ、クラティラス」
ふっと力が抜けたような声で答え、サヴラは私の両手を握った。
「あなたがそう言うなら、あたくしは合格する。あなたが応援してくれるなら、あたくしは誰にも負けない。だから、あなたも頑張るのよ? 共にプラニティ公国で、自分だけの道を切り拓きましょう」
「ええ、サヴラ。私もあなたという仲間がいて心強いわ。一緒に頑張ろうね」
手を握り合い、笑い合い、私達は同志として夢の実現を誓い合った。
お互いに目指す学校は違うけれど、距離は近い。学校帰りに、待ち合わせて会うことも可能だ。
サヴラは友達を作るのが下手そうだから、人付き合いのコツも伝授してあげなくては。サヴラに友達ができたら、私の友達も紹介して友達の輪を広げていきたい。そうそう、BLの腐教にも力を入れなきゃ。フリーになった今なら、サヴラもBLに興味を持ってくれるかもしれない。受験が終わったら、すぐに作戦を練ろう。
サヴラはどんなタイプが好みかな? お兄様には外見で惹かれたわけではないみたいし、内面重視で面食いじゃなさそうよね? だとしたら、人外キャラもいける口かもしれない。よーし、この私がサヴラの眠れるポテンシャルを引き出してやろう!
パスハリア家から帰宅した私は、友の言葉を励みに勉強しながら、そんな未来にウキウキと思いを馳せていた――――この後、とんでもないことが起こるとも知らずに。
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